神戸市街から電車で20分ほど。ほっともっとフィールド神戸は、六甲山系西端に開かれた公園の中にある。ナイターの試合前、右翼席後方、山のかなたに沈む夕日が、緑に囲まれた球場をあかね色に染める。海青き街、神戸はまた、山の緑が映える街でもある。

ヤフーBBスタジアム(現ほっともっと神戸)でもらった、オリックスのビジター用レプリカユニホーム
ヤフーBBスタジアム(現ほっともっと神戸)でもらった、オリックスのビジター用レプリカユニホーム

2004年(平16)夏、ヤフーBBスタジアムと呼ばれていた球場の2階席から、俺はその光景をぼんやり眺めていた。入場口で「ORIX」のビジター用レプリカユニホームをもらった。このころはまだ、レプリカユニの来場者プレゼントは珍しかったので、ずいぶん気前のいい球団だなと思いつつ、でも、なぜ本拠の神戸でビジター用を配るのだろう、などと考えてもいた。

当時、ダイエーのファンクラブに入ると、黒いビジターユニが特典についた。ホーム用は、3年継続しなければもらえない仕組みで、白いユニは熱心なファンの自尊心をくすぐった。なるほど、よく考えたな、と感心したものだが、オリックスのは、そんな感じでもなさそうだ。

襟の内側に「40th感謝をこめてORIX」とある
襟の内側に「40th感謝をこめてORIX」とある

見ると、襟の内側に小さく「40th感謝をこめてORIX」とあった。親会社の創業40年という意味だろうか。だから社名の入ったビジター用を…。00年オフにイチローが去ってから、オリックスは低迷を続けていた。04年は、近鉄との合併で、球界を揺るがした再編問題の主役でもあった。

それでもファンとはありがたいもので、この年の夏、俺は神戸で3試合見ているのだが、そのうち2試合で3万2000人、もう1試合も2万8000人の観衆が詰めかけた。ダイエーに14点と8点、西武に13点取られて、いずれも負け。チームは相変わらずだった。

試合後、とっぷりと暮れた夜の球場を背に、最寄りの総合運動公園駅までぞろぞろと歩くファンの足取りは重そうだった。ふと、俺の背中越しに会話が聞こえた。「今日は(5位の)ロッテも負けたから」うんぬん。振り返ると、若いオリックスファン2人が話していた。チームの優勝は絶望的で、しかも来季のプロ野球がどうなるか分からない。ふがいないチームに怒りをぶつけるでもなく、1つ上にいるロッテの敗戦に希望を見るファン。俺はユダヤ人の少女、アンネ・フランクが、ナチスの迫害を受ける中で、日記に書き残した言葉を思い出して、少しうるっときた。

「希望があるところに人生がある」

オリックスは2020年も最下位に沈んだ。もらったビジター用ユニを大事そうに抱えていた彼らは今、どんな希望に導かれて生きているだろう。(つづく)【秋山惣一郎】