かつて広島には「昭和の野球人」を支えた中華料理店があった。金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら巨人のV9戦士を中心に、名だたるレジェンドがこぞって通い詰めた「東海飯店」。当時は子どもだった王明春さん(66)は現在、「麺工房 東海」としてその味を受け継いでいる。6月に亡くなったミスターら過去のレジェンドたちの思い出を回想してもらった。

かつて巨人のV9戦士が集った「東海飯店」の富士見町店
かつて巨人のV9戦士が集った「東海飯店」の富士見町店

★金田さんの“足音”

カチャッ、カチャッ。道路から独特な響きが聞こえる。幼かった王明春さんは、何の音かすぐに分かる。

「金田さんだ!」

史上唯一の400勝投手・金田正一さん。ダブルヘッダーの1試合目に先発登板を終え、合間にユニホーム姿で来店する。鉄製のスパイクが道路で削れ、特有の音が鳴る。おなかを満たし、2試合目にも投げるという、今ではあり得ない状況だった。

王明春さん(左)は学生時代、王貞治氏と記念撮影
王明春さん(左)は学生時代、王貞治氏と記念撮影

「うちにそういう選手が来るのは当たり前になっていて、普通な光景でした」

球史に語り継がれるV9戦士のうち、7、8人が毎試合後、2号店の富士見町店を訪れる。真剣に試合の反省点や課題を語り合う、まさに“ミーティング”状態。

「土井(正三)さん、森(昌彦)さん、柴田(勲)さん、それこそ王(貞治)さん、長嶋(茂雄)さんとかがいらしてました」

移動日を入れて広島に滞在する4日間のうち、3日は必ず来店する。ナイター終わり、シャッターを閉め切って一般客とは重ならないように。予約の連絡はそもそも存在せず、「今日行けません」という連絡が来ない限りは店側も食材を大量に用意した。

「麺工房 東海」店主・王明春さん(右)と店を訪れた王貞治氏
「麺工房 東海」店主・王明春さん(右)と店を訪れた王貞治氏

★裏表ない長嶋さん

周りにはスポーツ紙、テレビ、ラジオなどあらゆる会社の巨人番記者が取り囲む。「ここの話はオフレコ」という暗黙の了解のもと、メディアも選手も入り乱れて交流の場となっていた。

「ちょっと不思議な空気でしたね。僕も料理を持っていったりお手伝いしたりなんかして」

“看板息子”としてレジェンドたちからは「アキラくん」と呼ばれて愛された。創業者である父の王文正さんはパワフルなキャラクターで、スターたちとも豪快な関係性を築いてきた。

「東海飯店」創業者の王文正さん(中央)と金田さん(左)、長嶋さん(右)
「東海飯店」創業者の王文正さん(中央)と金田さん(左)、長嶋さん(右)

「うちのおやじはベンチにフリーパスで入れてね。グラウンドで写真もいろいろ撮ってたね」

そんな父にくっついて高校の制服を着ていると、長嶋さんから気さくに話しかけてもらったという。

「大学行くの?」

「行かないです。家継ぎます」

「そうかい。無理に大学行かなくてもいいもんね。頑張りなさい」

その空気感はいまだによく覚えている。

「その言い回しがテレビで見る『ザ・長嶋』の雰囲気でした。しゃべり方も全く同じで。そういう意味で裏表なく、素の状態で接してもらってました」

【小早川宗一郎】(後編につづく)

王明春さん(左)が学生時代、長嶋茂雄さんと記念撮影
王明春さん(左)が学生時代、長嶋茂雄さんと記念撮影