「高原さんね、あんた、ひとごとだから、そんなことが言えるんですよ!」

 広島緒方孝市監督にこう言われ、怒られたのは就任1年目、15年のシーズン中でした。

 14年オフ、野村謙二郎前監督からバトンを受ける形で監督に就任。14年までにクライマックスシリーズ進出も果たしたチームの新指揮官として「次は優勝」と意気込む姿は、緒方監督を昔から知る立場のこちらとしては、少々、不安だったのです。

 そして15年シーズン中のことでした。思うように試合を運べず、勝てず、イライラしている様子が見受けられました。顔色もあまりよくなかったので、マツダスタジアムに出向いていたあるとき、旧知の間柄もあって、思わず試合前の通路でこんなことを言ってしまったのです。

 「そら、今年、優勝できればええのは言うまでもないけどさ。でも監督になって1年目から、そう簡単にはいかんのんちゃう? そう思って、やったらええと思うんやけどな」

 気楽に、とは言わないまでも、もう少し肩の力を抜いてやってほしい。そういう激励のつもりで言ったのですが、緒方監督の反応は激しかった。

 「何言うとるんですか。これを見て、そんなことが言えますか? この人たち、この様子を見て!」

 そう言って指さした先にあるのは真っ赤に染まったマツダスタジアムの観客席でした。そして冒頭の言葉が続いたというわけです。

 広島ファン、特に地元を連日埋め尽くすファンの期待が想像以上の重圧となって襲っていたのでしょう。現役時代からたたき上げで監督まで来た緒方という男、一本気な性格から「勝ちたい」というその気持ちは、我々には想像できないプレッシャーとなっていたのです。

 とはいえ怒られてシュンとなっていては、この稼業は務まらないのも事実。

 「そうか。まあひとごとって、そら、オレはキミではないからな。ひとごとと言えばひとごとなんやけどな。とにかく焦らず」

 頭をかきつつ、そう返しました。一瞬、固まった緒方監督でしたが、すぐにニヤリとし、普段の様子に戻って、そのままベンチに走っていきました。

 今年の8月1日、マツダスタジアムで広島との接戦に敗れた後、阪神金本知憲監督はこう言いました。

 「この球場の流れというか、どこのチームも勝てていない。流れが悪いというか、そういう雰囲気はある。でも自分たちで打開していかないと」

 5球団、あるいは野球ファンの誰もが思っていることを代弁していました。ビジター球団を応援するファンの存在感がもっとも小さく感じるのはマツダスタジアムだと思います。甲子園球場ですら広島、巨人などのファンはもっと目立ちます。

 そんな金本監督の感想を、緒方監督との雑談の中で伝えると、こんなことを言いました。

 「マツダスタジアムの雰囲気って、それはそうかもしれんけど。ウチがそうなったのはここ数年でしょ。甲子園なんて何十年も前からそんな感じですよ」

 ファンに対する感謝、責任感を誰よりも感じながらも冷静に語ったものです。同時にチームを後押しするこの雰囲気が一時のブームではなく、何年先までも定着することを願っている様子も見受けられます。

 就任3年目ですっかりマツダスタジアムのムードを味方にしたはずなのですが、やはり地元のプレッシャーは残るのか。16日、最下位ヤクルトに逆転負けを喫したこともあって18日、甲子園球場で阪神との決戦。

 そして以前には考えられなかった半分真っ赤に染まった甲子園で胴上げを果たしました。昨季は東京ドーム、そして甲子園。セ・リーグの人気どころを制して、マツダスタジアムでの胴上げはまた来季の楽しみとなりました。