昨年のドラフト会議当日。会場入りする際に、岡田彰布と原辰徳が、何やら話をする光景がテレビに流れた。後日、気になって岡田に聞いてみた。「何を話してた?」。
「ウーン、あれは」と明かしてくれた。ドラフトの朝、岡田の携帯にメールが届いた。見れば原からだった。「まさか先輩とシーズン前に争うことになるとは…」といった内容だった。
1位指名が巨人と阪神でかぶった。高松商の浅野だ。岡田はメールを返さなかった。無視したというのは「すでにわかっていることといっても、そうやな、と認めるわけにはいかんやろ。だから返信せんかったわ」。
だからテレビで映った場面で「スマンかったな。メールせんで」と謝った。そういう流れがあった。
メールといえばこの2人、2008年にもやりとりしている。このシーズン、巨人の大逆襲にあい、阪神はV逸。岡田は責任を取って、監督を辞任した。それから数日後、落ち着いた頃に、原からメールが届いた。「先輩、本当に辞めるんですか?」。岡田の進退を心配する中身だった。
こういうやりとりでわかるように、2人は大学時代から仲がよかった。岡田が1歳上で早大と東海大、学校が違っても、よく食事や飲みに行っていた。「原はホンマ、スターやったわ。とにかく抜群の人気で、さわやかな男。嫌みはないし、いいヤツなんよ」。岡田から原の悪いことを聞いたことがない。
2人が壮絶な戦いを演じたのが2008年。岡田50歳、原49歳のシーズンだった。優勝間違いなしとしながら、終盤、巨人の恐ろしい追い上げにあった。直接対戦では「怖いほどの迫力が巨人にあった」。最大13ゲーム差をひっくり返されたけど、最後の激突で「先輩、正々堂々、やりましょう」とメンバー交換の時、原がニコリとして伝えてきた。「自信があったんやろな。まあ、あそこまでチームを上昇させたんやから、たいしたもん」。岡田は原の監督力を認めていたし、その後も「勝つ野球ができる監督」と、いつも原を高く評価してきた。
あれから15年。岡田65歳、原64歳。スポーツ新聞的には2008年のリベンジを、とか2人を意識した記事が多いが、岡田にはそんな思いはほとんどない。原辰徳もそうだろう。あれから15年もたったのだ。時が流れ、時代は確実に変わった。いつまでも監督の因縁対決…はこじつけ。岡田はシーズン前から語っていた。
「巨人? そら何年も優勝してないから、原も必死やろ。でもな、ターゲットはヤクルトよ。2年連続優勝のチーム。ここをやっつけないとアカンのよ」。巨人をあえて無視し、原との因縁を封印したいようだった。
応援するファンの目も、岡田、原ではなくなっている。新たなGT、TG戦を見たい欲求がある。阪神の大山、佐藤輝、森下が巨人投手陣を痛めつけるところを期待し、巨人ファンは岡本和が打ち、戸郷が抑えるところを見たいと願う。
そんな戦いの中で、2人の監督がどんな名勝負を引き出すのか。それくらいの位置づけで、今年は見ようと思うファンは多い。
僕は2008年、岡田が退陣を決意した横浜の夜、岡田の心情を間近で聞いた。「辞めなくてもいい、と引き留めてくれたけど、アカン。これで優勝できなかったのは、ホンマ、監督の責任や。これでエエんちゃうか」。その目に涙がたまっていた。
あの時から、やり残したことがあったけど、15年の歳月は、悔しさを晴らす気持ちよりも、強い阪神を取り戻すことの方が大事と、本気で思っている。
色あせた伝統の一戦を、再び興奮の戦いにするために、まずはチームにふさわしいスターを作る。岡田でもなく、原でもない。監督対決は少しのスパイス。岡田には巨人に対するこだわりは薄くなっている。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)




