田村藤夫氏(62)が、巨人の秋季練習を取材した。

川崎市のジャイアンツ球場で行われた紅白戦には、原監督以下1軍首脳陣が集結し、主力を除いた若手の現状をチェック。その中で、ディフェンスチーフコーチという新設ポストに就任した阿部慎之助作戦兼ディフェンスチーフコーチ(42)の言葉に、託された役割への自覚を感じた。

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6イニング制の紅白戦。来季から背番号「55」を背負う秋広は、2点を奪いなお無死一、二塁で外角ストレートを見逃し三振。私は、「原監督はどこを見るのかな」と表情に集中していた。秋広がベンチに下がるまでずっと、原監督は秋広の顔から視線を外さなかった。

怒声が飛んだわけでも、ジェスチャーで見逃しを指摘したわけでもない。無言で、ただ視線を送っただけだが、それ以上の意思表示はないと感じた。

かろうじてCS進出はしたものの、阪神に連勝して臨んだヤクルトとの日本シリーズ進出をかけた戦いは、いいところなく敗退。21年シーズンの終了が決まり、日本シリーズ真っ最中という時に、小春日和の球場は張り詰めた空気に満ちていた。

優勝こそが巨人であり、日本シリーズで勝ち日本一になってはじめて満点と評価されるのが常勝巨人だ。その目標を果たさなかった時こそ、真に組織の強さが試される。25日に終了する秋季練習で、この日は原監督以下1軍の首脳陣が視察する。選手はこの試合の持つ意味をよく理解している。ここでアピールできるか、できないかで、来春の自分自身の序列に大きな差が出てしまう。

戦っているのは選手ばかりではないことを、ジャイアンツ球場に足を運んでみて良く分かった。原監督を中心に編成されたコーチ陣も、グラウンドの選手と同様にピリッとした空気感の中にあった。中でも阿部コーチが任された役目は責任が重く、複雑かつデリケートな対応が多く予想されそうだ。

原監督は阿部コーチを呼び、隣に座らせ話しながら紅白戦に見入っていた。桑田投手チーフコーチもすぐそばに控えている。元木ヘッドがスタンド上部で視察するコーチ陣に声をかけ、一同は原監督の近くで試合に見入った。コーチ陣の一連の動きを第三者として見ると、いかに原監督が突出した存在であるかが分かる。座る位置からして多くを感じさせる、そんな光景だった。

試合前に阿部コーチとはごくごく短くあいさつ程度の話をした。彼がまだ中大に在籍していた2000年2月、日本ハムの名護キャンプで顔を合わせている。当時はドラフト候補生が12球団のキャンプに分散して参加しており、阿部コーチは日本ハムキャンプに参加していた。バッテリーコーチの私はキャッチングについてアドバイスをした。

あれから21年を経て、今も親しみのある笑顔は変わらない。現役時代から20キロも減量した阿部コーチは快活そうに笑いながら、激動の今シーズンをこう表現した。「連敗中に1軍に合流したんですが、本当にしんどかったです」。優勝争いヤマ場の10月に2軍監督から1軍作戦コーチに昇格。想像すらできない難しい局面だったと思う。「でも、連勝中に合流した途端に負けるよりいいだろ」と答えると、阿部コーチは「確かにそうですね」と明るく笑った。

20年シーズンから、2軍監督を務めてきた。巨人の主力捕手として活躍し、引退してすぐに2軍監督に就任。いかに球団が期待を寄せているか、よく分かる。そのキャリアはいよいよ本格的に1軍に軸足を移す。そして、過去の巨人首脳陣では例を見ないほどの重責を担うことになりそうだ。原監督という全権監督を中心に据え、元木ヘッド兼オフェンスチーフコーチ、阿部コーチ、そして投手部門を統括する桑田投手チーフコーチが原監督を支える。

阿部コーチはバッテリー部門を含めたディフェンスというくくりでは桑田コーチと密にコミュニケーションを取ることになる。また強打の捕手としての実績から、原監督からバッティング面で意見を求められることもあるかもしれない。攻撃面は元木ヘッドの担当分野であることを念頭に置きつつ、繊細な対応が求められるだろう。

組織図を想像しながら話すだけで、難解な役回りが頭をよぎるが、阿部コーチはさすがに腹が据わっているようだ。「いろんな場面が出てくると思います。でも、状況に応じて必要なことをするだけです。もしも原監督に進言しなければいけない時は、チームが勝つために何をすべきか、そう考えて行動するだけです」。しっかりした口調だった。

21年前、名護キャンプでキャッチングのアドバイスをした時も、素直な返事ですぐに実践していた。それから立場は変わり、指導者として必勝巨人の現場に立つ。1軍で勝つ苦しさを選手として味わい、2軍監督としてファームの現状を熟知する。いよいよ首脳陣の一角としてチームの勝敗に責任を負う立場になる。

指導者としては2年弱という短期間だが、勝負の世界で生きてきた阿部コーチには、原監督の下で勝負する覚悟はできているようだ。(日刊スポーツ評論家)