10月5日、明治安田生命今季最終戦。7年もの間、野球部を支え続けた1人の男がグラウンドを去った。東大出身の籔博貴(やぶ・ひろき)マネジャー(31)。最後の1日を終えた籔は「こんなに長く続けるとは…。思えば、野球に心残りがあった中で始まった社会人生活でした」と、懐かしそうに振り返った。

元々は球児だった。小1で野球を始めると、中、高は西大和学園(奈良)でプレー。東大野球部にも選手として入部していた。転機は大学1年、冬の出来事だった。「マネジャーを各学年1人出さないといけないんですが、誰もやり手がいなかった。下手くそだった自分が、やらされるような形で就くことになったんです」。渋々役割を受けることに。初めはやる気が全く起こらなかったという。

それでも、だんだんと魅力に気付いた。選手時代には想像も付かない人脈の広がりが楽しかった。4年時には東大野球部の主務を務めるまでに。充実した日々を過ごしたように思えるが、心残りがあった。「実は、4年間で1度も公式戦で勝つことが出来なかったんです」。在籍4年の成績は80敗2分け。勝利の喜びを味わいたかった。社会人でも野球に関わることを決意した。

7年間で忘れられない瞬間がある。19年に行われた都市対抗野球1回戦。Honda熊本に勝利し、37年ぶりの同大会勝利をつかんだ瞬間だ。「明治安田生命という名前になってから初めての勝利でもあったんです。歴史的な勝利といったら大げさかもしれませんが、その瞬間に立ち会うことが出来て、とても幸せでした…」。かみしめた喜びは、今も忘れることが出来ない。

大学時代、1度も勝利の喜びを味わうことが出来なかった男は、“敗戦の悔しさ”をエネルギーに戦い抜き、社会人で歴史的な勝利に立ち会った。今後は社業に専念し、長年野球部マネジャーを任せてくれた会社への恩返しを目指す。次の夢は「野球部に部長として戻ってくることです」と言い切った。

野球部人生最後の試合となったこの日、結果は5-0で完勝だった。心残りはもうない。これからの籔は、“勝利の喜び”を胸に、希望ある未来を歩み始める。【阿部泰斉】