気づくのが遅かった。今春センバツの甲子園練習が行われた3月14日、主に関西エリアを担当する私は、お手伝いのためにたまたま明豊(大分)の取材に入った。下調べをしたところ、気になった1人の選手の話を聞きにいった。背番号13をつけていた的場航輝内野手(3年)だ。健大高崎(群馬)との2回戦の8回に代打で1打席のみ(結果は四球)立ち、聖地を去った。

昨秋の大分県大会、九州大会では背番号3をつけ、4番として活躍。中心選手として注目を浴びていただけに、背番号が2桁に変わっていたことが気になった。「自分の調子が上がらなかった、自分の実力不足です」。今春から低反発バットに変わり、新基準仕様の新たなフォームを模索していたところ、自分のスイングを見失っていたという。

センバツの背番号発表後、母親に電話で報告した。「正直泣いてしまって。とても悔しくて…」。思わず涙があふれ出た。母親からは「ベンチに入れることが幸せだよ」と背中を押された。「同じ学年で外れたメンバーもいる中で、そういう悩みっていうのはぜいたくな悩みなのかなと思って…」と気持ちを切り替えた。

「とにかく必死に練習します。必ず背番号3を取り戻して、この聖地に戻ってきます!」

有言実行を果たした。夏の大分大会で背番号3を取り戻し、甲子園に帰ってきた。8日の小松大谷(石川)戦では「7番一塁」で出場。3点を先取された初回に同点の中前適時打を放ったが、終盤に突き放され、初戦敗退となった。

2日後の10日だった。過去の取材メモを振り返っていたところ、「明豊的場くん」の文字に目がとまり、記憶がよみがえった。遅すぎた。対戦相手の小松大谷の取材に入っていたこともあったが、1桁の背番号を取り返したここまでの取り組みを取材できなかったことを後悔した。春から夏にかけて、想像を絶するほどの努力をしたことだろう。今後もし的場選手が大学で野球を続け、取材をする機会があれば、勝手ながら“空白の時間”をぜひとも取材させていただきたい。【アマチュア担当=古財稜明】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

明豊対海星 明豊1死一塁、的場は先制となる中越え適時三塁打を放つ(2023年10月29日撮影)
明豊対海星 明豊1死一塁、的場は先制となる中越え適時三塁打を放つ(2023年10月29日撮影)