甲子園の関係者入り口に入るとマット・マートンがいた。家族旅行だという。もちろん仕事もするようだ。「ヒサシブリ!」。相変わらずのナイスガイぶり。記念のツーショットをせがむ球団関係者も多かった。

突然「キミと話したことはよく覚えているよ」と言う。阪神に在籍していた頃、このコラムで書いた話のことだ。「イチローのエピソードだったね…」。そう言って、目を細めた。

もちろんこちらも強く記憶にある。90年代半ば、オリックス時代のイチローから聞いた話だ。

「ボロ負けしている試合でもどんな試合でも最後の打席が大事です。そこで打てれば次の試合につながるし、打率も下がらない。だから試合内容には関係なく最終打席は集中していかないといけない」。

そんな話を「イチローはそう言っていたよ」とマートンに伝えたときだった。「アイ・アグリー!」「オレもそう思う!」と喜んだのだ。以来、マートンは最後の打席で安打を放つとウインクして「打ったよ」と言ったものである。

昔話を書くのはこの試合、佐藤輝明の途中交代を目にしたからだ。2点を追う7回表、2死走者なしで指揮官・岡田彰布は4番手・馬場皐輔をマウンドに送る。最初から「回またぎ」が狙い。いわゆるダブルスイッチで野手も交代させ、そこに馬場を入れる作戦だ。

この場合、もっとも打順が遠いところに投手を入れるのが常道。岡田は「5番・佐藤輝」のところに馬場を入れた。佐藤輝はしずしずと言った感じでベンチに下がったのだ。

そこまで3打数無安打。4回に敵失で塁には出たが快音はなかった。もしも残っていれば8回、同点でなお2死一、二塁という好機で4度目、おそらく最終打席になっていたはず。それは実現しなかった。

最後の1本が出るか出ないかは大きく違う。イチローの理論で行けば、その機会をもらえなかったことになる。もっとも別に岡田は見限ったわけではない。「打順がああやったから。馬場の回またぎが優先や」。そう繰り返した。

しかし佐藤輝が好調なら違った結果だったかもしれない。最終打席までもらえるかどうか。そこも重要だろう。メジャーから来た大投手・バウアーを相手に森下翔太、前川右京と若手が光った勝利。そこで佐藤輝は何を思ったか。そこに期待したい。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

阪神対DeNA 7回表DeNA2死、三塁手佐藤輝は交代となりベンチへ引き揚げる(撮影・上山淳一)
阪神対DeNA 7回表DeNA2死、三塁手佐藤輝は交代となりベンチへ引き揚げる(撮影・上山淳一)