13日を最後に退任した前監督・岡田彰布が指揮についた22年オフ、一部にこんな論調があった。「チームを勝たせるのは当然、監督としての後継者を育てるのも使命だ」。特に古くから岡田を知るメディア関係者の中に多かったように思う。そういう人たちの意見を受け、ネットでもその手のコメントもよく見た。

申し訳ないが、こう思っていた。「そんなはずないやろ」と。当時からチラホラ書いたがそれを強調する必要はないし、そういう見方があるなら、それはそれでいいと感じていたが。

なぜか。当たり前だが監督はフロントが決めるものだからだ。かつての星野仙一のように“全権監督”と思われた存在でも後継者を決めることはできなかった。直接聞いたが、03年に勇退した星野の中にあった次期監督は岡田ではなかった。「まだ若い」と星野は言っていたのである。

何より、岡田自身もその部分をさほど意識していたとは思わない。監督としての仕事は、まず勝つ。第2次政権の最大唯一のミッションはそれしかなかった。13日に異例の記者会見を行ったオーナーの杉山健博も「お願いしたのは、今の戦力で優勝すること、それがすべて」と話していた。

岡田はそのミッションを成功させる。いきなり日本一だ。90年の歴史を持とうという球団でたった1度しかなかった「日本一」の2度目を達成したのである。2年目の今年は2位に終わり、2年契約満了ということでユニホームを脱いだ。この流れで後継者もない。

それでも次の指揮官・藤川球児には“岡田のにおい”を感じる。共通するのは「阪神が好き」という点だ。子どもの頃からチームに縁があり、阪神に入れた岡田。選手として、監督として日本一を経験した。本当にこんな人は他にいない。

そして球児だ。この日も「阪神に育てられた」といってはばからなかった。大リーグに挑戦したときも「阪神出身の投手として成功するのが目標です」と言うのを聞いた。そして言うまでもない、前回監督を退いた08年、CSで中日に負けた岡田が球児に言った「おまえで終われてよかった」という言葉の重みだ。

そう考えれば球児を監督にすえたのは球団だが“気配”を受け継ぐ存在として岡田は「後継者育成」に成功したのかもしれない。「理想の監督は岡田監督」。そう言う球児、采配は未知数だが楽しみである。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)