昨夏全国優勝の花咲徳栄に5回コールド負けしたものの、八潮南が強烈な存在感を残した。

 斎藤繁監督(54)は12日の2回戦終了後に「ビッグマウス、いきます。花咲徳栄戦の先発は秘密兵器です。日本一の投手がいます。楽しみにしていてください!」と報道陣に声を張った。3日後、その先発マウンドには背番号1の北野颯大投手(3年)が立った。

 日本一の投手の正体は、超スローボーラー。この日の“最遅”は4回、倉持賢太二塁手(3年)に投じた球だった。初速62キロ、終速はなんと50キロ。「ボールの縫い目が見えました」と倉持が苦笑するほどだった。なお、最速は113キロ。スピード差は50キロ以上に及んだ。

 強豪に勝つために、大胆な策を選んだ。北野には1年間ずっと、スローボールの練習をさせた。60キロから110キロまで、10キロ刻みで直球をコントロール良く投げるまでに成長した。90キロの直球と90キロのカーブを投げ分け、花咲徳栄打線を幻惑させた。

 花咲徳栄・岩井隆監督(48)の「強引に行け」の指示のあとに、3回に1イニング9失点と崩れた。斎藤監督は「ダメだっったかー!」と肩を落とした。ただ、吉野竜輔捕手(3年)は相手打線のいらだちを少し、感じていた。プロ注目の強打者・野村佑希(3年)がファウルを続け「くそっ!」とつぶやいたのが聞こえた。「効果はあったんだな」と吉野は感じた。

 北野は89キロの直球で、野村を空振りさせた。「スローボールで抑えようと、1年間ずっと練習してきたので、タイミングを崩せたのはうれしかった」と話した。140キロの速球には興味がない。「これが自分の投球スタイルなんだ」と信念を貫いた。斎藤監督は「日本一のスローボーラーです」とたたえた。

 3年前、斎藤監督は地域の中学校の野球部員にチラシを配った。「君たちの手で県内の私学強豪校をことごとく打ち破り、3年後の2018年を奇跡の夏にしませんか?」と書いた。そのセリフに夢を見た球児たちと奇跡を信じ、努力した。縫い目が見えるほどのスローボールに、夢を乗せた。

 八潮南高校野球部には「やしなんエスペランザ」というチーム名がある。エスペランザ、はスペイン語で「希望」を意味する。打倒・強豪私学。新チームも夢と希望をもって、101回目の夏へ向かう。【金子真仁】