春に続き夏の晴れ舞台も…。8月10日に開幕予定だった第102回全国高校野球選手権大会(甲子園)および、出場権を懸けた地方大会となる北海道内の各地区予選、南北北海道大会の中止が決まった。センバツ、春季大会に加え、3年生にとっては最後の夏までも失った球児たちは、何をよりどころにすればいいのか。未曽有の困難を、どう推進力に変えるべきか、道内の高校野球指導者がその思いを口にした。

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高校球児なら誰だって悔しい。その思いは指導者も同じだ。北北海道大会3連覇がかかっていた旭川大高の端場雅治監督(50)は言う。「中止は残念。自分が現役だったらどうするかなと考えても、想像できない」。昨夏の甲子園は、準優勝した星稜(石川)に初戦で0-1の惜敗。現3年生は再び聖地に戻り先輩たちの雪辱を果たすため、厳しい練習を乗り越えてきた。その取り組みを目の当たりにしてきたからこそ、寂しさは計り知れない。

端場監督は考える。「大切なものが誰のせいでもなく、なくなってしまったとき、お前はどうするんだという世の中からの試練じゃないかと。5年後、10年後、また苦しい思いをしたときに、この経験が強みになってくれたら」。この日、分散登校してきた3年生と会話し、思った。「甲子園はなくても、卒業までやるべきことをやっていけるか。そうできるように伝えていくのが、自分たちの役目」。高校野球を通した教育に、終わりはない。

16年夏の甲子園準優勝に導いた北海の平川敦監督(49)は、阪神大震災後の95年にコーチで、11年の東日本大震災直後は監督でセンバツを経験。「震災の時は、やることで勇気や希望を与えるというプラスの意味合いもあった。今回は違う。移動も制限している中で、やることが果たしていいことなのかと考えると、控えるべき」と持論を口にする。日本高野連の判断を支持し「やってきたことを次のステップに役立てられるように。人生終わりではないし、進んでいかなければならない。それを理解できる18歳になってもらうことが我々の役割」と話した。

南北海道大会3連覇を目指していた北照の上林弘樹監督(40)は「ミスしても次に備え前向きに考えることや、協調性を持ち取り組んだりできるようになった。そういうことは社会でも十分役に立つ」。野球と真剣に向き合ってきたからこそ、この経験は、強く生き抜く力になる。【永野高輔】