沖縄尚学が攻守ともに安定した試合運びで快勝し、沖縄県勢の春夏甲子園通算100勝を達成した。左腕エースの当山渚投手(3年)が速球やスライダーを駆使して危なげない投球。二塁を踏ませず、無四球12奪三振完封勝利を挙げた。打線も1回に知念大河内野手(3年)と長浜諒内野手(3年)が左翼に連続適時打で2点を先制。無失策の堅守でもりたて逃げ切った。
比嘉公也監督(40)は「沖縄大会決勝から結構、日にちが開いた。前半にもたつくと嫌だと思っていたが僕が思っていた以上の動きを見せてくれた。(当山は)的を最後まで絞らせない、いい投球だった」と話した。当山も「後ろの守備が安定して頼りになる。いつも通り、打たせて取る自分の投球をできた。ずっと目指してきた場所。投げていて楽しかった」と語った。
100勝までの道のりは長かった。太平洋戦争前は出場できず、地上戦で多くの市民が犠牲になった。米軍の施政下に置かれ、戦後間もない頃は米軍払い下げ品が野球用具になったという。テント布などでユニホームやグラブを縫った。折れて捨てられた米兵のバットを継ぎ合わせて使った。
沖縄県勢が初出場したのは58年夏の首里だった。0-3で初戦敗退だった。まだ渡航にパスポートが必要だった時代だ。当時、持ち帰った「甲子園の土」は、植物検疫法のため、那覇港から海に捨てられた出来事もあった。
県勢初勝利も首里だった。63年夏、日大山形を破って、沖縄の高校野球史に歴史を刻んだ。
そして念願の県勢初となる甲子園Vは沖縄尚学。同校は99年センバツで春夏通じて初優勝を果たした。いまや、沖縄は日本でも有数の野球が盛んな地域になった。2月にはプロ野球のキャンプが軒並み、陽光のもとで行われる。多くのプロ野球選手も輩出し続ける。西武の山川穂高内野手(29)や平良海馬投手(21)らはいま、日本球界トップクラスの力量を誇る。新鋭のオリックス宮城大弥投手(19)も飛躍する。野球を愛する人たちが白星を重ねてきた。この日、甲子園で輝かしい結晶になった。
◆沖縄県勢100勝 沖縄尚学が勝ち、沖縄県勢は甲子園春夏通算100勝目。沖縄県勢で勝利を挙げた学校は14校あり、沖縄尚学の通算22勝は興南の24勝に次ぐ県2位。100勝は都道府県別で26番目の到達だが、沖縄は初参加が58年夏と遅い。平成以降の69勝は全国9位に入っている。
◆最少残塁0 阿南光が記録。17年横浜(対秀岳館)以来、大会11度目。

