接戦で敗れた甲府城西に、存在感の光る捕手がいた。

3-3の9回表、甲府工は1死三塁。右打席には5回からリリーフ登板の寺山勇翔投手(2年)。初球はストレートでストライク。守る甲府城西の主将・山口寛太捕手(3年)は2球目にスライダーを要求。好投していた大会注目の右腕末木賢也投手(3年)はきっちり右打者寺山の外角にスライダーを投げた。

三塁走者の千野修平外野手(2年)はスクイズのサインを確認し、末木の体重が右足にかかったところでスタートを切った。「スクイズのサインは出ると思っていました。重要な場面だったので、スタートのタイミングも慎重に行きました。寺山はバントがうまい。打球が転がった瞬間に、セーフを確信しました」。

打席の寺山は「1球目にスクイズはないと思っていました。1ストライクとなり2球目にサインは出ると思っていました。これまでも練習試合で4回決めていますが、同じ状況でした。スクイズしたのは外角スライダーです。バットを顔に近づけて確実に転がすことに集中しました」と、試合を決めた場面を細かく説明してくれた。

投球による疲労、スクイズを決めた直後の全力疾走で、左ふくらはぎがけいれんしていた。試合後は、治療を受け、少し落ち着いた状況で決勝点の場面を振り返った。

一方、好投手末木の踏ん張りもむなしく、競り負けた甲府城西の主将山口は、最後の打者として9回裏に併殺で一塁ベースに頭から突っ込む。そのまま豪快に転がると、地面にうずくまったまま、2秒ほど起き上がれなかった。

試合後少ししてから、泥と汗と、涙で顔は真っ黒になりながら、それでも白い歯をのぞかせ、思い切り爽やかな笑顔を見せた。「あの場面、スクイズは頭にありました。ありました。本当は、三塁ベンチ(甲府工側)を見て、それから監督さんの顔を見て、少し間をおけば良かったんです。1ストライク取ってたんですから。それは分かってたんです。でも…、できませんでした。なんででしょうね。なんでだろう」と、言いながら、うつむいてアスファルトの地面を見た。

もう涙はない。「今日はリードしていて楽しかったです。わくわくしながらやってました」。末木にいろいろなジェスチャーを送りながら、常に先を考えながら声がけをして接戦を演じた。

8回表、甲府城西1点リードの2死二塁、打席は甲府工の3番山口和真捕手(3年)。フルカウントとなったところで、甲府城西の捕手・山口は末木に向かって大きくジェスチャーを出す。両手で大きく丸を描きながら、最後は三塁ベンチをミットで指した。「末木も同じ気持ちだったと思います。もう、相手ベンチは気にせず、自分の思ったボールを投げて全力でやろう、そういう気持ちでミットを動かしました」。

この後、適時打と暴投で2点を失う。8回をきっかけに一気に厳しい状況に追い込まれる。及川悠樹外野手(3年)の同点ホームランも出たが、最後は甲府工のスクイズで虎の子の1点を奪われた。

9回裏、1死一塁。山口にとって高校野球最後の打席が回ってくる。カウント2-1。山口は迷わず寺山の4球目をフルスイングした。打球は三ゴロ。二塁から一塁に転送され併殺に終わり、試合終了。

この場面を思い出し、山口は即答した。「もうガチガチに力んでました。レフトスタンドしか見えてませんでした」。そして、もう一度、泥がついた顔で、にこっと笑った。「大学で野球続けようか、決めてません。僕たちの代は続けるやつがあんまりいないんですよ」。

素晴らしい強肩と、投手への巧みな声がけは秀逸だった。