日刊スポーツ高校野球特集「ピカイチ選手」を紹介する3回目は、「プロ&元プロのファミリー選手編」。大船渡(岩手)の佐々木怜希投手(3年)は、ロッテ佐々木朗希投手(21)を兄に持つ。昨秋に内野手から転向し、最速139キロ右腕として迎える最後の夏。実家に残されていた兄のグラブをお守り代わりに、84年以来39年ぶり2回目の夏の甲子園を目指す。
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導かれるままに、佐々木怜は兄たちが通った学びやの門をたたいた。「兄が2人とも大船渡だったので、小さい時から自分もそういう道を行くのかなと思って」。21年春。長男・琉希さん、次男・朗希と同じ「OFUNATO」と書かれた縦じまのユニホームに袖を通し、1年秋から遊撃手のレギュラーに定着した。
チーム事情で、昨秋から投手に転向した。「監督さんに言われて、自分も興味があった」。春の県大会では佐々木朗と同じ「背番号1」を背負い、初戦の盛岡大付戦に先発。7回0/3を7安打5失点と粘投し、打撃では2安打2打点。7-6で兄もできなかった盛岡大付超えを果たした。
エースの重責を託されると、「投手・佐々木朗希」の偉大さをあらためて感じられた。兄は昨年4月のオリックス戦で完全試合を達成。自身が野手だった当時は「完全試合のすごさは分からなかったけど、周りから『すごい』と言われて本当にすごいなと思いました」と、どこか冷静だった。
投手となった今、自分の言葉で「すごい」と言える。「自分も途中まで抑えたりしますが、体力や集中力が持たずに打たれて、そこからずるずるいくことがある。9回を走者を出さないで投げきるのはすごい」。日本を代表する剛腕の背中の大きさを実感している。
兄とはずっと比較されてきた。「1人の野球選手として見てほしい」との思いはあるが、「比べられるのは仕方ない。自分がどうにかできることじゃないので割り切ってやっています」と言えるようになった。身長は192センチの兄より14センチも低く、最速も兄の165キロに比べてまだ139キロと発展途上。だが、宿命ともいえる境遇を割り切り、兄とは違った自分なりの投手道を歩んでいる。同校の84年以来39年ぶりの聖地へ。大船渡の「佐々木怜希」が腕を振る。【濱本神威】
◆佐々木怜希(ささき・れいき)2005年(平17)4月25日生まれ。岩手県陸前高田市出身。大船渡市立猪川小3年時に猪川野球クラブで野球をはじめ、大船渡一中では軟式野球部に所属。大船渡では1年秋から遊撃手のレギュラーとして定着。昨秋から投手を務め、春の県大会では佐々木朗と同じ「背番号1」を背負った。178センチ、72キロ。右投げ右打ち。

