東京23区の2倍以上広く、牛の数は人口の8倍-。別海(北海道)は豊かな大地・別海町で鍛え上げ、甲子園に近づいた。第96回選抜高校野球大会(3月18日開幕、甲子園)の出場校の選考委員会が26日、行われる。昨秋の北海道大会で4強に入り、21世紀枠候補として吉報を待つ。日本の本土最東端、根室市の納沙布(のさっぷ)岬まで車で1時間20分。選出となれば春夏通じて歴代最東端の高校になる。
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まだ暗く冷え込む朝4時半、林徳人さん(41)は目覚める。30分前にはすでに妻美奈さんが起きている。25年前の自分と同じように、別海の野球部で頑張る息子の弁当を作るために。そのまま夫婦で合流し、目の前の職場に向かう。
日本最大の酪農タウン、別海。濃厚な牛乳で知られる。林牧場でも150頭が暮らし、1日2000リットル近くの生乳を生産する。搾乳は機械で。「手でやると1頭10分近く。腱鞘(けんしょう)炎になっちゃいますよ」と徳人さんは笑う。
そんな両親の姿に、息子の伸悟外野手(2年)は「朝から夜まで働いてくれて本当に感謝しかないです」と尊敬を抱く。野球部の練習は大変だけれど、たまに早起きして手伝う。作業はだいたいできる。「世話のしやすい動物です」と笑う。
学校へ向かう。農地に囲まれたバス停で待つ顔ぶれは、毎日ほぼ同じだ。なんか照れくさくて話せない。「眠くなっちゃうので、ロック聴いてます」。
父も同じように別海高校に通った。牧場の4代目になるかは分からない。「でかい街に行って、いろいろ学びたいです」。両親には「1回出て、戻ってきてもいいよ」と言われている。モラトリアムのまま今は野球に励む。近く、夢がかなうかもしれないから。
19人の野球部員のうち7人が牛にかかわる家で育った。「朝早いよねって話したりします。農業も漁業も大変なので」。主将の中道航太郎捕手(2年)は一発芸がだいたい滑るけど、頼れるリーダーだ。
牧場の多い別海町はオホーツク海にも面し、中道も海のそばに暮らす。「6時に起きても、父はもういないことが多いですね」。秋にはサケ漁をする漁師。冬は凍結しがちな湾の隙間をぬい、ホタテを求めて船を出す。たまに荷揚げを手伝うから大変さも身に染みる。「自分たちのために働いてくれて感謝しかないです。恩返ししたいです」。
思いを込めて振った打球が、左中間スタンドに吸い込まれたのは昨秋のこと。北海道大会2回戦、中道は苫小牧中央戦でサヨナラ2ランを放った。札幌ドームで高校生が打った、初めての本塁打だった。
つなぎ役の影山航大内野手(2年)は「あの場面だけ時間が、打球が遅く見えて」と回想する。中岡真緒マネジャー(2年)は「ひと言で感動。みんなの活躍に、もう根釧地区だけじゃ満足できないなって思いました」と、自分たちの大地が少しだけ広がったことを悟った。
そんな野球部員たちも知っている。誰よりも早起きな人がいることを。
島影隆啓監督(41)はいつも午前3時に起きる。「遠征に行っても必ず3時に1度起きて、2度寝しています。慣らすようにしないと」と徹底している。
コンビニエンスストア「セイコーマート しまかげ中春別店」の副店長を務める。家業の3代目。店内調理が名物で、おにぎり用の米を炊くことから1日が始まる。「雪が降ると3時前に起きて、米だけといじゃって、農業用トラクターで駐車場の除雪もして」。そんな夜闇の朝だ。
午前7時半に店を離れ、朝食をとり、事務作業を進めてから仮眠。午後3時に野球部の練習へ向かい、家に戻るのは夜8時ごろ。家族と一緒に寝て、また目覚ましが鳴る。「夏休みとかだと朝働いて、そのまま部活に。まぁ、大変ですね」。
武修館(北海道)の監督を志半ばで去り、故郷別海で再び高校生に向き合って8年になる。選手4人から始まり、甲子園のそばまで来た。悔しくて眠れず朝3時を迎えた夜だって何度もあった。
「弱くても本気で甲子園を目指して頑張ってくれた先輩方の土台と、何があっても支えてくれる日本一の父母会と街の皆さまのおかげだと思っています。だから…甲子園は僕の中では行かなければいけない場所なんです。こんないなかの子どもたちがあんな大舞台に行けるなんて、人生を変えると思うので。夢かなわず引退していった卒業生の子たちも含めて、みんなで喜べる場所なので」
20日には氷点下20度近くまで気温が下がり、23日は吹雪で臨時休校に。時には移動さえ容易でない、日本列島の東の果て。三文の徳じゃなく、生きるために早起きする町。小雪予報の26日、みんなが幸せになる“初日の出”を町一体で待つ。【金子真仁】
◆別海(べつかい) 1950年(昭25)4月創立の道立の共学校で、全校生徒は257人。普通科に加え、酪農経営科が設置されている。お笑いコンビ「平成ノブシコブシ」の徳井健太は卒業生。所在地の別海町は人口1万4200人に対し、町内の牛の数は11万3711頭(令和5年末時点)と約8倍。

