日本文理が決勝で中越に9-8でサヨナラ勝ちし、2年ぶり16度目の秋の頂点に立った。
8-8に追い付いた9回裏1死満塁、6番安達煌栄千(こうえいち)中堅手(2年)が左中間にサヨナラ打を放った。一時は7点のビハインドを背負う劣勢をはね返し、王座を奪還した。第3代表決定戦は帝京長岡が開志学園に8-1の8回コールド勝ち。7番富田惇紀(あつのり)左翼手(2年)が1-1の6回裏1死二塁で、勝ち越しの適時三塁打を放って流れを引き寄せた。日本文理、中越、帝京長岡が来春のセンバツ出場をかけて北信越大会(10月11日~19日、富山)に出場する。
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安達は一塁に到達する前からこぶしを握っていた。雄たけびを上げ、ガッツポーズをしたままチームメートの列に加わってタッチをかわした。9回裏、6-8から犠飛と野選で同点にした後の1死満塁。直球を左打席から左中間に打ち返す。「抜けてくれと願っていた」。それがかなって三塁走者が生還。サヨナラ勝ちの瞬間は一塁に向かう途中に背中で感じていた。
1-8から7回裏に5点を返して勢いがついた。9回裏、先頭が二塁打で出てチャンスが広がると、安達は鈴木崇監督(45)に言われた。「(安達の打順で)あるぞ」。足を絡めた攻撃が得意で長打があるタイプではない。「つなぐつもりで打席に入った」。冷静に普段の役割に徹した結果、2年ぶりの秋の王座を招き入れた。
相手の中越には「絶対に勝ちたかった」と言う。中学3年時に所属した軟式野球クラブ「加茂クラブ」の監督でもある父の昇栄千(しょうえいち)さんは、94年夏、中越が甲子園で2勝した時の外野手。父の母校との対戦に「やってやれ」と激励された。「勝つことが恩返し」と試合前からテンションは高まっていた。
「ベンチでも私の隣にいる。野球を理解している」。鈴木監督が信頼を寄せる副主将でもある。今春、初めてベンチ入り。ただ、6月の練習中に左手の人さし指を負傷し、夏は登録を外れた。秋はケガから復帰し、主力に名を連ねることがテーマ。チームメートに目配りをしながら率先して自主練習を行う普段の行動が、大事な場面で生きた。
日本文理の県制覇は春、夏を含めても23年の秋以来。最大7点リードされた状況からの逆転劇だ。「先輩たちはこういうところを勝ってきたんだ」。鈴木監督のゲキに選手が応えた。夏12回、春5回の甲子園出場を誇る名門の意地だった。ナインは先を見据える。安達は言う。「北信越で勝ってセンバツに行くことが目標。ここは通過点」。日本文理が出場した14年以来、県勢12年ぶりのセンバツ切符獲得のために10月、富山に乗り込む。【斎藤慎一郎】

