高校野球の地方大会が28日に終了した。日刊スポーツでは、今春入社した4人の新人記者が取材で奮闘。それぞれが体感した「1年目の夏」を振り返る。
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全力で白球を追いかける高校球児の夏を取材しながら、私はもう1つの「夏」と出会った。今は亡き祖父・会田照夫の高校時代を知ることができた夏だ。
担当となった埼玉大会で、特別な思いを抱いた学校があった。70年代から80年代に埼玉高校野球を牽引(けんいん)し、春夏通算7度の甲子園出場を誇る伝統校・上尾高校だ。今春センバツ21世紀枠の埼玉県推薦校にも選ばれ、42年ぶりの甲子園出場を目指す「公立の雄」として注目を集めていた。
6月、練習取材で上尾高校を訪れると、「会田さん!」と声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは祖父と1964年(昭39)秋の県大会優勝を果たしたバッテリーの相棒、小川満さん(79)だった。
祖父は上尾高校から大学、社会人野球を経験し、70年ドラフト8位でヤクルトに入団。アンダースローの右腕として活躍した。私にとっては優しい「おじいちゃん」だったが、高校時代の話を聞くことなく、21年に73歳でこの世を去った。
「おじいちゃんは本当にすごい投手だった。今の高校生にはいないタイプだったよ」。そう懐かしそうに話す小川さんの表情が忘れられない。病気になってからも上尾高校へ足を運び、後輩たちを見守り続けていたこと、「上尾で会田さんを知らない人はいないよ」と教えてくれた。
さらに、高野和樹監督(59)も「会田さんには本当にお世話になりました。私たちの世代は、6期生の山崎裕之さん(79)と会田照夫さんに憧れて育った。だから私も秩父から上尾高校へ進学したんです」と語った。祖父の名前は、1人の元プロ野球選手としてだけでなく、多くの高校球児の憧れとして今も受け継がれていた。
祖父との再会ともいえるこの夏の出会いを通じ、高校野球は勝敗だけでは語れないものだと知った。1つのプレーや1人の選手の姿は、時を超えて誰かの心に残り、人と人をつないでいく。だから私は、試合結果だけでなく、その背景にある人の歩みや受け継がれる思いまで丁寧に伝えられる記者でありたい。この夏の経験を原点に、1つ1つの物語を紡いでいく。【会田京叶】
◆会田京叶(あいだ・きょうか)2003年(平15)7月21日生まれ、東京都中央区出身。小学1年生から硬式テニスを始め、中学2年で初めて全国大会に出場。東京高校では2年時に東京都大会を制し、全国選抜大会出場を決めたが、新型コロナウイルスの影響で大会は中止となった。立大に進学し、体育会テニス部でプレー。ダブルスで関東大会準優勝を果たした。家族は父、母、姉、妹。

