東日本国際大(南東北)は大体大(阪神)に敗れた。4番二橋大地内野手(3年=盛岡大付)は二塁打を3本打ち、2打点。昨年打てなかった悔しさをぶつけ、敗戦の中にも手応えをつかんだ。

 二橋のバットに気持ちがこもっていた。「何としても先制点を取ろう」と、2回表の先頭で中前に二塁打。犠打で三塁に進んだ後、バッテリーがもたつく間に、本盗で先制点をもぎとった。1-3の6回表2死二塁には、1点差にせまる左前適時二塁打。2-7の8回表1死二、三塁でも左前適時二塁打と、3二塁打を打ち、最後まで勝利への意志を見せた。

 4番としての意地があった。昨年春にも4番一塁手として選手権に出場したが、初戦静岡大、2回戦九産大戦とも再三のチャンスで凡退。その秋にはBチームに落ち、プレーも生活も一から見直す時期も過ごした。「去年はヒットが打てなかったけど、今年は4番の仕事がきっちり出来た」とこの1年間の成長を神宮に残した。

 二橋には「プロで大谷からバックスクリーン弾を打つ」という夢がある。盛岡大付3年夏の決勝。当時花巻東エースの大谷翔平から勝負を決める3ランを打ったが、その打球は左翼ポール際ぎりぎりだった。「全国で3本打てたことを、これからの自信にしていきたい」。大舞台で自分の力をアピールし、夢に1歩近づいた。

 この日は先発の船迫をはじめ、先発9人中4人が1年生。「まだ彼らは高校生(のようなもの)。引っ張る気持ちだった」と一塁からジェスチャーを交え、声をかけ続けた。大会後はほとんどの4年生が抜け、二橋がチームの中心となる。「全体的にレベルアップしていかないといけない」。自信と悔しさを胸に再出発する。【高場泉穂】

 ◆二橋大地(にはし・だいち)1994年(平6)4月17日、神奈川県大和市生まれ。文ケ岡小1年時に桜森ベアーズで野球を始める。光丘中では硬式の瀬谷ボーイズ所属。盛岡大付では1年秋にベンチ入り、3年夏に甲子園出場。東日本国際大では1年秋からベンチ入り。177センチ、78キロ。右投げ右打ち。家族は両親、姉、弟。血液型B。