これほど大勢を興奮させる1発は他にない。4回1死走者なし。今季0本塁打の巨人小林誠司捕手(28)が、広島大瀬良の真ん中139キロをフルスイングで捉えた。東京ドームのどよめきにも押され、打球は左中間席の最前列へ飛び込んだ。「ランナーがいないバッティングカウント。強く振る意識でした。入るとは思わなかった」。下唇をかみ、驚きを抑えながら二塁を回る。ベンチの高橋監督には「シーズン中に見られてよかった」と、首をかしげるポーズで出迎えられた。

 ついに出た。3月のWBC1次ラウンドや7月のオールスターでは放った1発から、シーズン中は遠ざかっていた。その間に、後輩捕手の宇佐見が2本塁打と活躍。25、26日は2試合連続で先発マスクを譲った。

 「ふがいない成績でしたから仕方がない。情けなかったです」。18日のDeNA戦では、自身の代打で出場した宇佐見がサヨナラ本塁打。試合後は午後11時を回った暗い選手通路で1人、階段を上がり帰路に就こうとした。その途中で、宇佐見について記者から質問を受けた。帽子を脱ぎ、足を止めてはっきりと答えた。

 小林 そんなに申し訳なさそうに聞かなくて大丈夫ですよ。同情してくれてるんですか? ここは、こういう世界ですから。結果を出した人間がチャンスをつかむ。僕も頑張ります。

 落ち込む暇などなかった。直後の21日、フジテレビのトークショーイベントに出席。子供からの「どうしたらホームランが打てますか?」の定番質問に、観衆からは思わず笑いが。「今年は打っていないので」と苦笑しながらも「阿部さんから強い打球を意識するようにと言われました」と説明する姿は真剣だった。意識改革から生まれた今季1号で、同一シーズンに単一球団相手の東京ドーム8連敗という球団ワースト記録を阻止。お立ち台で「また打てるように頑張ります」とファンを喜ばせた後は、さっそうと打撃練習へと消えた。【松本岳志】