雨の甲子園が感動に包まれた。阪神鳥谷敬内野手(38)が8回1死一塁で代打出場。

今季限りの退団表明後、初安打となる二塁打を放った。この一打が今季初タイムリー、初打点でチームの快勝に貢献した。3位広島とのゲーム差を「3・5」に戻し、一夜で自力CS進出の可能性が復活。奇跡の逆転Aクラスへ、鳥谷の一打で球場全体が1つになった。

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雨が降りしきる甲子園にとんでもないプレゼントが待っていた。午後10時すぎだ。3点リードの8回1死二、三塁。梅野が打席に立つと人もまばらな客席がざわついた。ネクストサークルに鳥谷が立つ。銀傘の下で雨宿りしていた虎党が一斉にフェンス際まで駆け寄る。スマートフォンを片手に背番号1を写真に撮る。

誰もが境遇を分かっている。8月31日に阪神退団を表明していた。今季打点はゼロ…。チャンスは目の前に訪れたが、梅野が投手強襲の2点適時打を放ち、1度は“期待感”もしぼんでいた。その直後だ。1死一塁。鳥谷が左翼へ快音を響かせた。一塁から梅野が長駆生還。表明後、初安打となるタイムリー二塁打。今季94打席目での初打点を刻み、ずぶ濡れで泣いているファンもいた。

クラブハウスへの帰り際に鳥谷は言う。「ファンの声援に応えることができて良かった。追い込まれていたけど、いいところに飛んでくれた」。相変わらず、淡々とした表情で振り返った。ルーキーの頃から、まるで変わらない立ち居振る舞いだった。「自分のできることをしっかりやっていきます」。さりげなく話して姿を消す。プロ16年目。阪神歴代最多2083安打を放った男の意地だった。

いまや、1人ではなくなった。絶頂期の鳥谷はナイターでも午前10時過ぎから始動。誰もいない甲子園を1人で走っていた。揺るぎなき地位を築いても「いつレギュラーを奪われるか分からないから」とスキを見せない。野球に向かう、妥協なき心こそがタイガースの財産だ。あの頃は1人だったが、今は違う。多くの若手が午前中から室内練習場などでランニングで汗を流している。糸原、梅野、大山、木浪…。ひたむきな鳥谷の背中に感化され、いつしか、道ができていた。

雨が降りしきる甲子園で鳥谷は激走も見せた。近本の中前打で軽やかなピッチを刻んで生還。38歳になっても「足」に衰えは見られない。ベテラン、若手が奮闘してヤクルトに快勝。自力CS進出の可能性が復活。タテジマの鳥谷を見納めるには、早すぎる。残り13試合に全力を尽くし、奇跡を起こす。【酒井俊作】