1つだけ伝えたいことがある。制球難に苦しんでいたころ、阪神藤浪晋太郎投手(26)のもとに世界屈指の左腕から伝言が届いていた。送り主はかつて米国自主トレをともにしたドジャースのエース、クレイトン・カーショー投手(32)。サイ・ヤング賞3度を誇るレジェンドが太平洋を越えて届けたかった思いとは…。【取材・構成=佐井陽介】

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「ヘイ、シンタロー!」。太平洋を越えて届いた伝言を最後まで聞き終えると、藤浪は深くうなずいた。「そうなんです。結局はそこなんですよね」。

昨年4月下旬、カブスの本拠地リグリーフィールド。大リーグ取材の最中、ドジャース・カーショーとベンチで遭遇した。世界屈指の左腕と藤浪は18年1月、現カブスのダルビッシュと米テキサス合同自主トレをともにしている。制球難に苦しむ藤浪の状況を知ると、快く伝言をスマートフォンに吹き込んでくれた。

「1つだけ伝えたいことがある。それはとにかくシンプルに打者を打ち取る、ということ。フォームのことはそんなに心配しなくていい。勝負に勝つ。それが一番重要なことだよ」

帰国後の昨夏、録音した音源を本人に渡した。「その通りだと思います。本当は投球中にフォームを考えている時点で良くない。早くその域まで行きたい」。藤浪は静かに納得した。

道のりは長く険しかった。「何かを変えなきゃ」。時には自分の知識も否定。昨春キャンプでは遊び感覚でサイドスローまで試して驚かせた。「いろいろやって、ぐるっと1周して戻ってきた」。2つの変化が原点に立ち返らせてくれた。

昨年5月、ダルビッシュから米国トレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」で使う練習道具を譲り受けた。半年後の12月には沖縄で同施設のセミナーに参加し、本格的に投球動作を解析した。同時進行で昨秋、今春のキャンプでは元中日の山本昌臨時コーチに師事。レジェンドと最先端機器が導き出した結論に大きな違いはなかった。

「今までの考え、気付いたことが合っていたと確認できた」。骨盤の大回りに注意する。回転扉のように小さな半径で軸回転する。大阪桐蔭時代の感覚を取り戻すと、左肩の開きが収まり、抜け球も減った。「手首を立てて投げる」。山本昌氏の教えを指先に染みこませると、ボールの左右のブレは小さくなった。

「今年結果が出なければ、そのままダメになるかも…」。希望と不安が交錯しながら始まった20年。平田2軍監督が「誰よりもブルペンに入っている」と認めた反復練習の毎日が最後、自信を回復させてくれた。

復活星。カーショーが願った通り、この日の藤浪は1球1球、打者との勝負だけに集中していた。自分との闘いに終止符を打てたのだろうか。不調時に目立った、マウンド上でフォームを気にするそぶりはもう、1度もなかった。

 

<カーショー・メッセージの原文>

Hey Shintaro, it’s Clayton Kershaw.

I just wanted to tell you, heard you are struggling little bit with your mechanics and, you know, the only thing I would say without having seeing you pitch in a while is just to try to keep it simple.

And remember to just try to get the hitter out, just compete against at batter one at a time, don’t worry too much about the mechanics or side of it, just try to out compete the hitter.

That’s the most important thing.

 

<和訳>

「やあ、シンタロー! クレイトン・カーショーです。投球フォームに少し苦しんでいると聞いたよ。しばらく君のことを見ることができていないけど、1つだけ伝えたいことがある。それは、とにかくシンプルに、打者を打ち取るんだということ。フォームのことは、そんなに心配しなくていいんだ。試合に出て、勝負に勝つということ。それが一番重要なことだよ」

 

◆クレイトン・カーショー 1988年3月19日、米テキサス州生まれ。06年ドラフト全体7位でドジャース入団。11年に最多勝、防御率1位、最多奪三振の投手3冠。14年は21勝3敗でMVP。サイ・ヤング賞3度。昨季は29試合に登板し16勝5敗、防御率3・03。メジャー通算351試合、172勝75敗、防御率2・44。150キロの速球とスライダー、カーブが武器。193センチ、102キロ。左投げ左打ち。