阪神藤浪晋太郎投手(26)が692日ぶりに白星を手にした。今季5度目の先発で、ヤクルト打線を7回途中4失点に抑えた。2回には自らのバットで先制点を挙げるなど投打で勝利への執念を見せた。新型コロナウイルス感染や遅刻による2軍降格など激動の日々を経て、待望の1勝を挙げた。

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黒いマスクで覆われていても、解放感は隠せない。「やっと勝てた。これでちょっと楽になれるかな」。藤浪は記念球を受け取り、目尻を下げた。

前日まで巨人に3戦連続完封負け。2回、適時内野安打で38イニングぶりの得点を奪った。失策、捕逸、野選で2失点した後も7回途中4失点と力投。今季4戦4敗からようやく692日ぶりの白星を手にした。

「苦しいことばかりだった。つらいことが多かった」。15年の14勝をピークに7勝、3勝、5勝…。昨季は自身初の0勝に終わった。

「ちょっとボールがそれただけで『あ~』とため息が聞こえる。キャッチボールさえ憂鬱(ゆううつ)な時期も正直、ありました」

極度の制球難。肥大を続けたレッテルは徐々に心身をむしばんでいった。

不要論。限界説。トレード説まで飛び交う日常。

「イップスでしょ」

スポーツ選手がイメージ通りに動けなくなる精神的な症状をささやく声まで、耳に入るようになった。

心配のあまり、心を鍛える本を贈ってくれるファンもいた。感謝した。それでも「技術はメンタルを凌駕(りょうが)する」と信念を貫き続けた。現実から目を背けたわけではない。実は理由があった。

今だから明かせる。苦悩の底にいたころ、1度だけ「イップス」「野球」で動画を検索したことがある。そこで偶然目にした男性の姿に言葉を失った。

草野球らしきユニホームを着た彼は何度両足を踏み込んでも、どれだけ力を振り絞っても、金縛りにあったかのように震える腕だけを動かせずにいた。

「結果が出なければ何を言われても仕方がない。でも…自分なんかのレベルでイップスという言葉を使うのは、本当につらい思いをしている人たちに失礼だと、その時に思ったんです」

名前も知らない男性が気付かせてくれた。自分はまだ腕を振れる。覚悟を決めた。「諦めたら終わり。周りに何を言われても、やり尽くす。それしかない」。

今春はグラウンド外でつまずいた。軽率な行動もあり新型コロナウイルスに感染。練習遅刻で2軍に落ちた。「コツコツやるしかない」。誰よりも早くグラウンドに現れ、地道にフォームを固める毎日。批判から逃げず、自分と向き合い続けたから、道は開けた。

「今は人の痛みが分かる。人間として1つ成長できた。大きくなれたかな」

第2章。目の前には再び、洋々たる未来が広がっている。【佐井陽介】