巨人坂本勇人内野手(31)が、決勝の15号ソロを放ち、巨人軍の歴史を塗り替える1067勝目を原監督に贈った。

同点の8回1死。ヤクルト清水の外角148キロ直球を強振し、右翼席最前列に運んだ。9日の中日戦では自身初の3打席連続本塁打を放ち、川上哲治氏に並ぶ1066勝目をプレゼント。記録にも記憶にも残る1勝を刻み、自身のメモリアルとなる通算2000安打にあと「48」とカウントダウンに入った。

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拳と拳は離れていても、あふれる思いは坂本の体全体に伝わった。初めて、原監督と公式戦でグータッチした08年4月6日の阪神戦のプロ1号から4541日。拳を力強く重ね、肩を激しくたたかれたあの瞬間から、238本目のアーチで新たに球団史に刻まれる通算1067勝目を原監督にプレゼントした。

持ち味の攻撃的スタイルで決めた。同点の8回1死。「ひと振りで仕留めることができた」とヤクルト清水の初球の148キロ直球をはじき返し、右翼席最前列に運んだ。クールにダイヤモンドを1周。ベンチ前でウィーラーのパフォーマンスを拝借し、チームを盛り上げた。

10代~20代前半、原監督の目の前がベンチでの定位置だった。初球を簡単に打ち上げ、ベンチに戻ると「お前さんのあのバッティングはなんだ」と後ろから声が飛んだ。不振を極めた時には、初球から待てのサインが出された。原監督の思いが込められたものだったが、悔しさをにじませ、悩み、苦しんだ。

手を差し伸べてくれたのは、原監督だった。東京ドームのベンチ裏の練習場。「おい、勇人」の一声で特訓は始まった。「最初は私が手塩にかけながら育てると。一緒になって、泥んこになりながら練習したり、彼を助けてきたという自負があった」。原監督自ら打撃投手を務め、現役時代に川上氏から教わった練習法も交えながら、飛躍を目指した。

二人三脚で始まったあの日から、積み重ねた安打は1952本を数える。プロ14年目。原監督の目に映る背番号6の背中は大きく様変わりした。

原監督 ここ数年は彼に頼っていると。彼に何とかお願いするような立場の中で成長してくれているのは、非常に頼もしいです。昔は私が育てたけど、今は彼に育ててもらっているなと頼もしく思っています。

次なるカウントダウンは、リーグ2連覇と自身のメモリアルとなる「2000安打」。「HAYATO METER」を刻みながら、原監督との8度目の歓喜の瞬間を迎える。【久保賢吾】