9月下旬から虎が見舞われたコロナ禍による選手大量離脱期間に、来季につながる大きな「明」があった。藤浪が復活へ踏み出したことだ。きっかけは緊急の配置転換だった。

藤浪は9月14日から2軍調整となっていた。降格までの3試合はいずれも5回未満の降板と苦しんだ。その右腕が、同25日に1軍登録された。10選手がコロナ禍で離脱した日で、2軍戦登板に備えて名古屋遠征中だった藤浪も緊急昇格した。当初は10月上旬の先発復帰を目指していたと思われる。だが、中継ぎ陣が手薄となり、図らずも救援藤浪が実現した。

7年ぶりの救援登板となった9月26日は2回1失点で敗戦投手となったが、復調への兆しが見えた試合でもあった。イニングまたぎで2イニング目に被弾したものの、無四球。慣れないポジションで懸命に腕を振る中、制球力に光が差し込んでいた。翌27日に連投し、1回無失点。試合のなかった28日を挟み、29日まで3試合連続登板。この29日はリードしている場面の登板でプロ初ホールド。登板後にこう語った。「死ぬほど緊張しました。先発の時とは違って、人の勝ちがかかった場面で投げることがこんなに緊張するとは思っていませんでした」。必死な思いの中、球速は159キロまで上がっていた。10月19日の試合では球団最速の162キロをマーク。試合を重ねるごとに力強さも増した。

中継ぎで13試合に登板、先発に戻るまでの直前8試合では連続無失点を続けた。<1>2軍降格までの先発期間、<2>中継ぎ期間、<3>シーズン終盤の先発復帰以降の期間での数字を比較すれば、いかに投球内容が良化しているか一目瞭然だ。

 

◆防御率<1>5・87→<2>2・35→<3>0・00

◆被打率<1>2割7分3厘→<2>2割8厘→<3>1割8分5厘

◆与四死球率<1>5・48→<2>3・52→<3>4・80

 

来季こそ完全復活の年になるに違いない。【松井周治】