日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

    ◇    ◇    ◇

大阪・キタの老舗ステーキハウスのオヤジが、岡田彰布が阪神監督になったと、うるさい、うるさい…。コロナ給付金で改装した店を自慢した後は、ずっと岡田の話題が止まらない。

「おいおい、オヤジさん、ミディアムレアで頼んだのに、それってウエルダンじゃないの? タマネギも焼きすぎやんか」

クレームをつけているのに、鉄板を前に店主は「何勝しますやろ? 優勝したら貸し切りOKですから」と、まだ1勝もしていない監督のプチ人気を歓迎した。

就任会見で岡田は「2005年に優勝して、まさかそれから優勝できないとは思ってなかったんで」と現在の心境をしみじみと語った。あれから17シーズンもV逸を繰り返した空白を埋めるための再登板。自分が置かれた立場と役割が当時と違っているのは、岡田自身が十分に承知していることだろう。

野手は打順とポジションの配置換えを断行し、投手は後ろからの逆算に徹し、中継ぎ、抑えを充実させた。チーム改革に踏み切った際の岡田は、ギラギラと脂ぎった48歳のシーズンだった。

開幕を65歳で迎える球界最年長監督に課せられている大きなテーマが“後継者”の育成だ。遠ざかった優勝が目標、毎年V争いを演じるチームに仕立てるのは目的だろう。

ベテラン監督には、常勝球団を引き継ぐ次代の指導者を育てることが求められている。これまで与えられなかった任務だが、次期監督の人材育成へのチャレンジは、生え抜き監督の使命といえる。

名監督の系譜をたどっても、監督自身の手で後継者を育てるのは極めて難しい。常に優勝を狙える強いチームに組み立て、勝つ組織作りに尽くし、後進に道筋をつけることにも挑戦したい。

だれに、それを、いかに求めるのかまでは分からない。ただチームを勝利に導き、阪神の歴史と伝統を後継につないだとき、岡田は初めて“名将”の称号を手に入れるのかもしれない。(敬称略)