中日平田良介2軍外野守備走塁コーチ(37)が、今季限りで現役を引退する中田翔内野手(36)に惜別メッセージを送った。大阪桐蔭3年時に投打二刀流のスーパー1年生だった中田と甲子園を沸かせて4強進出に貢献。現役時代にNPBで同じユニホームを着ることはなかったが、侍ジャパンでは15年プレミア12、17年WBCで世界と戦った。今季から2軍コーチに就任し、ファームで一緒に過ごす時間も長かったアニキからの「贈る言葉」に感慨がこもった。【石橋隆雄】
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平田コーチは引退試合に臨む中田を、こう言って送り出した。「最後はもう楽しんで、中田翔を見に来てくれている人たちに、中田翔らしいところを出してくれたら」。2軍は遠征中(広島戦、由宇)でバンテリンドームに駆けつけられなかったが、去りゆく大阪桐蔭の後輩を思う気持ちは特別だった。
今季、3年ぶりに外野守備走塁コーチとしてドラゴンズに帰ってきた。腰痛を抱えた中田は2軍暮らしが長く、再び一緒になった。「不思議な縁だなと思います。広島の人間(中田)と大阪の人間が高校で出会って、別のチームでやっていたのに、翔がやめる時に僕がまた帰ってきて…」。
大阪桐蔭で初めて見た中田は衝撃的だった。「中学生と思って見なかった。社会人選手が来たと。もう入ってきた瞬間にレギュラーで出るんだろうなと思いました。群を抜いてましたね」。3年生と1年生として一緒に戦った05年夏の思い出は、打者よりも投手としての印象が強いという。「大阪大会の準決勝(履正社戦)の投球もそうですが、やはり甲子園の1回戦(春日部共栄戦)ですね。辻内(崇伸)が乱調だっだけど、翔がリリーフでしっかり抑えてくれて、打っては本塁打も。翔のおかげで1回戦勝てたと思っています。あそこで勝てたから自分の記録にもつながったので」。自身が準々決勝の東北戦で記録した1試合3発の大会タイ記録(PL学園・清原和博に並ぶ)も中田の活躍のおかげと感じている。「速いし制球もある程度ストライクが取れる。高校生の中では非常にレベルが高かった」。全国4強の原動力になったと振り返った。
プロではリーグも違ったが交流戦の時などによく食事に出かけた。侍ジャパンでは15年プレミア12、17年WBCと2大会で一緒に世界と戦った。特にプレミア12では中田が打率4割2分9厘、3本塁打、15打点。平田コーチが打率4割2分3厘、6打点の大活躍で日本の3位に貢献した。「翔と僕でめちゃくちゃ打った。フィーバー状態でしたね。(1次ラウンド開催地の)台湾に行った時なんて、ほとんど一緒でした。おもしろかったですね。日本でいう町中華のようなところに行ったり。カニを食べた時には、翔にむいてもらいましたよ」と懐かしんだ。
今季、コーチとして見た2軍での中田の姿も印象的だった。「いい背中を後輩たちに見せられていたんじゃないかな。ずっと『大将』と呼ばれるだけあって、後輩を引っ張る力はすごくある。先輩にも好かれるし、みんなから愛されていた」。
「これから何をするかは分からないですが、たぶん、世の中に出て困ることもあると思うので、いい相談相手になれたらいいかなと思います」。平田コーチはこれからも中田にとって頼れる先輩であり続ける。
◆平田良介(ひらた・りょうすけ)1988年(昭63)3月23日生まれ、大阪府出身。大阪桐蔭3年夏の甲子園で準々決勝の東北戦で3本塁打。05年の高校生ドラフト1巡目で中日入団。11年にレギュラーに定着。15年ベストナイン、18年ゴールデングラブ賞。22年オフに戦力外通告を受け、他球団への移籍を模索したが同12月に引退。今年から中日の2軍外野守備走塁コーチ就任。中日一筋17年で通算1227試合に出場し、1046安打、105本塁打、484打点、打率2割6分8厘。177センチ、105キロ。右投げ右打ち。



