巨人が中日に勝利し、田中将大投手(36)が史上4人目の日米通算200勝を達成した。
6回まで85球を投げ、4安打4奪三振2失点。救援陣がリードを守り抜き、偉業を達成した。「みんなに助けられながら、なんとかリードした状態でマウンドを降りることができてよかったです」と感謝した。
200勝を積み上げた歴史を、マー君の言葉で振り返ります。
★◆04年9月17日
【本紙初登場】
北海道秋季地区予選室蘭地区Bブロック2回戦。当時高校1年の田中将が高校公式戦初登板。1点リードの9回裏1死一、二塁から登板して無失点。「多少ドキドキしたけど、心の準備はできていた。打たれるわけにはいかないと思った」
◆05年8月20日
【2年生で胴上げ投手】
夏の甲子園大会決勝京都外大西戦。5回途中からマウンドに上がると、好リリーフで駒大苫小牧の夏の甲子園2連覇に大きく貢献。当時自己最速の150キロもマークし「いろいろな経験ができて、全国優勝。次につながる経験ができました」
★◆06年8月21日
【決勝再試合】
夏の甲子園大会決勝再試合早実戦。前日の延長15回の死闘から一夜明け、37年ぶりとなる引き分け再試合は1回途中から登板するも7回1/3を4安打4奪三振3失点。3-4で敗れ、夏の甲子園3連覇ならず。「相手の方が一枚上でした」
★◆06年8月27日
【“マー君”誕生】
全日本高校選抜合宿3日目
斎藤佑樹(早実)が「(駒大)苫小牧の本間くんがそう呼んでいて。マネしてみました」とマー君と呼んでいることを明かした。田中将も「小さいころ、近所の人たちに呼ばれていたので、違和感ありません」
★◆06年9月25日
【今までにないくらいドキドキ】
06年高校生ドラフト。横浜(現DeNA)、楽天、オリックス、日本ハムの4球団競合の末、楽天が交渉権を獲得。「今までにないくらいドキドキしました。今までと同じように挑戦する気持ちを忘れず、これからもずっとやっていきます」
★◆06年12月16日
【楽天入団会見】
「いずれは日本球界を代表する投手になりたい」
★◆07年2月8日
【肝っ玉ルーキーノムさんに反抗!?】
プロ1年目の春季久米島キャンプ。田中将が前日7日の休日にミニゴルフを満喫。野村監督は「(田中が)昨日ゴルフやったって言うから、しかってやったよ。何のための休日だって。休むときは、しっかり休め!」とお説教。報道陣が田中将に“初カミナリ”の感想を聞くと「一日中ホテルの部屋にいる方が、逆に疲れますよ。(施設には)次の休みの前日の夜に行きます。で、次の日は遊びます。たぶん、ゴルフやります。積極的休養日ですよ」とキッパリ。さらに「今度のゴルフは、記者さんもみんなペンもカメラも置いて、みんなで楽しみましょう!」と肝っ玉ルーキーぶりを披露した。
★◆07年3月29日
【プロデビュー戦】
公式戦デビュー戦は敵地ソフトバンク戦(ヤフードーム)。野村監督は試合前に期待大。「最初は2軍で投げさせた方がいいと言う人が多いんだけど、ヤツは甲子園で誰にもまねできない経験をしている。だから2軍で経験を積む必要がない」。結果は2回途中6安打6失点でほろ苦デビュー。田中将は「調子自体は悪くありませんでした。ランナーをためてしまったこと、自分のペースをつかめなかったことが、今日の反省です」
★◆07年4月18日
【プロ初勝利】
ソフトバンク戦(フルキャスト宮城)に先発。9回140球を投げて2失点13奪三振で完投勝利&プロ初勝利。高卒新人での13奪三振&4月中の完投勝利は松坂大輔氏以来。「自信につながります。プロで勝つのは本当に難しいので、4試合目に勝てたのは早いと思います」
★◆07年8月3日(フルキャスト宮城)
【神の子マー君 プロ9勝目】
ソフトバンク戦に先発し、4回までに5失点。序盤0-5と劣勢もチームは逆転勝ち。6回10奪三振で、当時の球団最多タイとなる9勝目を挙げた。野村監督もマー君の神懸かり的な力に驚くしかなかった。「マー君、神の子、不思議な子。何点取られるか投げ続けさせたら、天から神が降りてきた。不思議の国のマー君。先祖代々、何かあるんだろうな。そういう星の下に生まれている」
★◆11年4月29日
【東北ファンへ魂の完投 プロ48勝目】
オリックス戦(Kスタ宮城)に先発。東日本大震災の影響でシーズン初の本拠地での開催となった一戦、超満員の前で138球1失点完投勝利。9回にあと1球で「マサヒロコール」が起き「投げ切ると終わってしまうのがもったいないと思いました。じーんときましたね。これほど声援が力になった試合はない。ファンに感謝したいです。野球人として幸せを感じます」
★◆13年9月26日
【悲願のリーグ優勝】
西武戦(西武ドーム)で1点リードの9回に登板。試合を締め、球団初のリーグ優勝。「引いたら負けだと思っていました。だから真っすぐを続けました。東北への思いもありました。シーズンが始まる前は、誰も優勝なんて思っていなかったと思う。いい意味で期待を裏切れてうれしいです」
★◆13年10月8日
【シーズン24連勝! プロ99勝目】
オリックス戦(Kスタ宮城)に7回4安打2失点で勝利。シーズン24連勝で締め「いつもシーズン前に、今年は全部勝つという気持ちでやっています」
★◆13年11月3日
【球団初の日本一】
巨人との日本シリーズ第7戦(Kスタ宮城)。160球を投げた翌日に志願のブルペン待機。9回を締め球団初の日本一。「昨日は情けない投球だったので、今日出番がもらえるならいつでも行くぞと。意気に感じて、この舞台を用意してくださったチームのみんな、ファンの方々に感謝しながらマウンドに上がりました」
★◆14年2月11日
【名門の仲間入り】
ヤンキース入団会見。「HELLO! MY NAME IS MASAHIRO TANAKA I’M VERY HAPPY TO BE YANKEES(こんにちは! 私の名前は田中将大です。ヤンキースの一員になれてうれしいです)」
★◆14年4月4日
【メジャー初勝利 プロ100勝目】
ブルージェイズ戦でメジャー初登板&初勝利。7回97球3失点、無四球で8三振を奪い「うれしいのはもちろんですけど、ホッとしました」
◆15年4月6日
【メジャーで自身初の開幕投手】
メジャー2年目で初の開幕投手。高ぶる気持ちを胸に「このチームでそれを感じられるのは僕だけ。誰でもできるわけではないので、いろいろと感じられたらいいと思います」。結果は4回5失点(自責4)で降板。
◆18年5月27日
【二刀流とメジャー初対決】
エンゼルス大谷翔平とメジャーで初対戦。2打数無安打1四球2三振。互いに目を合わすことなく対決し、完勝し「戦いの場において、それはどうでもいいので、こっちも気にしなかったということ。お互い、真剣にやり合う時に、そんなのは必要ないので」
◆19年3月28日
【4度目の正直】
4度目の開幕投手で自身初勝利。オリオールズ戦に先発し6回途中6安打2失点(自責1)。直前に元同僚でもあるイチローが日本で引退会見。受け継ぐものを問われ「ないです、ないですね。僕ごときはそんな人間じゃないので、以上です」
◆19年7月9日
【メジャー球宴初出場&初勝利】
自身5年ぶり2度目の選出も14年は右肘の故障で初出場。ア・リーグの2回から2番手で登板し、1回1安打無失点。登板前日には「ものすごく苦しんでいる部分もありますし、でも(継続して)やってれば、こういう風にいいこともあるんだなと。自分の課題、自分の投球に対しても、目を背けてしまったら、そこからの上がり目はない。そのことに対して、僕は向き合い続けてやっていくことが大事だと思うので、これからもそういう風にやっていくし、そうであり続けると思います。バトルし続けますよ」
★◆21年1月30日
【楽天復帰】
名門ヤンキースを離れ、8年ぶりの日本球界復帰。「決して腰かけなどではなく、本気で日本一をとりにいきたい、イーグルスでプレーしたいと心から思っての決断。生半可な気持ちではどこの世界でも成功することはできない。7年離れていたので、成長した姿をお見せすることができたら」
★◆21年4月24日
【日本球界復帰後初勝利 プロ178勝目】
西武戦(楽天生命パーク)に先発し、6回3安打1失点で復帰後初勝利&日本通算100勝。日本一に立った日から2729日ぶりの白星に「何か不思議な感じがします。でも、ものすごくやはりうれしいです」。ファンへの思いを問われ「ベストを尽くす。最後まで戦う。そういうことしか僕にはできない。一緒に盛り上がって東北、日本を盛り上げていけたら」
★◆24年12月25日
【巨人のマー君誕生】
巨人入団会見「競争は激しいと思いますけれども、自分自身まだまだできるんだということを証明したい」
◆25年2月1日
【名伯楽から熱血指導】
春季宮崎キャンプ初日。久保巡回投手コーチから約1時間を超える熱血指導を受け「疲れました。でも、本当にこういうふうに言っていただけることは幸せなこと」
★◆25年4月3日
【巨人移籍後初勝利 プロ198勝目】
中日戦(バンテリンドーム)に先発し、巨人移籍後公式戦初登板。5回5安打1失点で移籍後初勝利。「自分にとってもこの1勝はものすごく特別だし、いろんな思いがあって今日勝つことができて本当にうれしく思います」
★◆25年8月21日
【大偉業へ王手 プロ199勝目】
ヤクルト戦(神宮)で5回3安打1失点と好投し日米通算199勝目。「とにかくうれしいです。ここまで2軍暮らしも長かったですし、応援してくれる方々の期待にも応えたいなと思っていた」



