夕暮れ迫るグラウンド内に、その姿はない。リチャード脊古さん(83)は、着替えや移動のため外に出てきた選手たちに声をかけ、1対1でしばし話し込む。「脊古さんの主戦場は球場の外なんですよ」。東京新大学リーグ1部・駿河台大の松浦健介監督(42)は、笑みを浮かべて脊古さんと選手たちの姿を見つめた。
脊古さんは1980年代から、巨人や横浜などNPB4球団で駐米スカウトを務め、MLBテキサス・レンジャーズでもプロスカウトを歴任。巨人時代にはクロマティやガリクソン、モスビーら現役大リーガーはじめ、多くの優良外国人の獲得に成功した。日米で築いた人脈は幅広く、米殿堂入りの大投手ノーラン・ライアンとも親交がある。
大学球界関係者の要請で、松浦監督が就任した24年秋からアドバイザーとして加入。リーグ戦が行われている春と秋の期間、埼玉・飯能市内にアパートを借りて、同市内にある大学の専用球場に通っている。
「最初は『この人誰だ?』と思っていましたが、アドバイス通りに取り組んだら体も大きくなったし、ボールも速くなりました」。大島陽希(はるき)投手(4年=浦和実)は、脊古さんの言葉で大きく成長した選手の1人だ。高校時代は控えの一塁手兼投手で、入学したころの球速は130キロに届くか届かない程度。今は体重が7、8キロ増え、この春には最速144キロをマーク。リーグ戦では未勝利ながら、複数の社会人野球チームから熱い視線を送られるようになった。
大島投手への脊古さんのアドバイスはシンプルだった。<1>ストレートを磨こう<2>左投手はスクリューボールを覚えよう<3>肉を食べよう、の3点。大島投手は照れくさそうに「僕は自宅からの通いなんですが、母にお願いして毎日肉を食べさせてもらいました」と話した。
脊古さんが言う。「アドバイスはシンプルに、そして絶対にネガティブなことは言わないこと。日本でもアメリカでも、ネガティブなマインドに陥って実力を発揮できなかった選手をいっぱい見てきました」。直接聞いたライアンやドワイト・グッデン(元メッツのサイ・ヤング賞投手)の経験談などをもとに、野球での成功の道筋を示し続けている。
松浦監督は「とにかく引き出しが多い。勉強になることばかりです」と話す。120人近い部員の中から1人でも多く、上のステージに送り出すことが、松浦監督と脊古さんの共通の願いだ。脊古さんが言う。「私が常に言っているのは目標を持つこと、情熱を傾けること、そして自分を信じること、この3つです」。日米球界の架け橋になって40年以上。まだまだ野球界に貢献していくつもりだ。【沢田啓太郎】



