西武栗山巧外野手(42)が30日、大観衆に包まれて、引退試合を行った。

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西武栗山は、昭和の雰囲気を感じさせる最後のプロ野球選手になるのかもしれない。最初に印象に残ったのは、04年の春のキャンプだった。

高卒3年目で、やんちゃなタイプではないが、鼻っ柱が強く、根性があった。紅白戦だったか、他球団との練習試合だったかは忘れてしまったが、ぶつかりそうな球を避けずにデッドボールになった。死球でも出塁して首脳陣にアピールしようと思っていたのかと思い質問すると、苦笑いを浮かべながら「そんなつもりなかったですよ。大げさに避けるのがビビっているみたいで嫌だったんです。ギリギリで当たらないと思ったら少し変化して当たっちゃったんです」という答えだった。

負けん気の強さが、ここまでの選手に成長させたのだろう。06年8月の試合で空振りした際、右手の有鉤(ゆうこう)骨を骨折した。本来ならバットを振ることもできないが、その打席で満塁ホームランを打った。「痛いなんてもんじゃないです。でもこれで手がなくなってもいいから、打ってやろうと思っていました」と打撃にかけるすさまじい執念だった。

楽天戦で左の外国人投手から故意のように見える頭部への死球を受けたときもあった。次の打席も同じ投手で、どういう打席になるか見ていたが、外角球に果敢に踏み込んでいった。その姿に、投げた投手があきれるような顔をして「フ○ック! クレージー」と叫んでいた。「ここで腰を引くようなスイングをするようなら野球をやめてますよ」。栗山の醸し出すプレースタイルからも、強がりではないことは誰にでも分かった。

スローイングは苦手だったが、30歳を超えてからも「年を食ってから栗山は肩が強くなったと言われるように頑張っています」と笑いながら、アマチュア選手が使うような様々なスローイング矯正器具をグラウンドに持ち込んで練習する姿もあった。

顔立ちがよく二枚目だが、その風貌(ふうぼう)とは正反対の泥臭さがあった。【小島信行】

【まとめ】“ミスターレオ”栗山巧、最後の試合