巨人の「55」はやっぱり怪物だった。宮崎春季キャンプ初日の1日、ドラフト1位大田泰示内野手(18=東海大相模)が、130メートル弾で豪快にデビューした。28スイングの初フリーでは130メートル弾を含む2本、隣のマシン打撃を含め計6本の本塁打を放った。見守った原辰徳監督(50)を「プロ野球をしょって立つだけの素材であることは間違いない」とうならせた。大田は「松井さんは素晴らしい選手だが、自分の『55』でいきます」。高校通算65本塁打のアーチストが力強くスタートを切った。
真新しいヘルメットに手をやり、気合を入れて打席に入った。背番号「55」の真後ろには、仁王立ちの原監督。大田のデビューを見ようとネット裏に陣取ったファンも、一瞬も見逃すまいとかたずをのんだ。
午後2時20分、静寂に包まれた両翼92メートルのひむか球場で注目の初フリーは始まった。「監督が後ろにいらして、力が入ってしまった」。ボールを引っかける場面が続く。21スイング目。外角高めを右翼席へ運ぶと力が抜けた。そして25スイング目。「55」にふさわしい打球を打った。
バックスクリーン左への130メートル弾。「まだ納得していない。ヘッドが抜け切れていない」と評したが、強く真っすぐ伸びた打球には、この男の魅力がぎっしりと詰まっていた。
真ん中やや外寄りのボールに、1100グラムのマスコットバットをぶつけた。「スイングを強くしようと思った。普通のバットよりヘッドが利くので」と考え、あえて白木のバットを避けた。34インチの木製バットには「まだ慣れきっていない」。卒業試験で合同自主トレも参加できなかった。「すごく緊張した中で、気疲れもあった」と振り返ったが、先輩の誰よりも遠く、打球を運んだ。
なぜ遠くへ飛ばせるか。左肩の上に乗せ、正面を向いた頭の位置が最後まで変わらない。1月の自主トレ中から、マシン打撃で徹底的に練習してきた。「高校の時に自分で気付いて。練習の時いつも意識している部分ですね」。頭を残すことで生まれる大きなフォロースルー。生粋のアーチストだけが持つバットの軌道と打球の軌道を、自力で手に入れていた。
本物のにおいを、一番近くで見つめた原監督は感じ取っていた。「プロ野球界をしょって立つだけの素材、素質を持っていることだけは断言できるね」。5年前、野球教室で偶然指導してほれ込み、時を経て、師弟として同じユニホームを着る。つながった縁に手ごたえを得、うれしそうに語った。
課題も出た。緊張から何度も帽子を脱ぎ汗をぬぐった。投内連係の、ノックでの足さばきは先輩に遠く及ばない。腹筋背筋がまだ弱く、ランニングメニューも必死に食らい付いた。原監督は「乗り越えなくてはならない部分がある」と評した。大田も「守備がまだまだ。(捕球時に)またが割れていない」と反省した。だが現状を補って余りある無限の可能性に、自分で考え課題を克服する“不動の頭”が大田にはある。【宮下敬至】
[2009年2月2日8時52分
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