くも膜下出血のため7日に亡くなった巨人木村拓也内野守備走塁コーチ(享年37)の告別式が10日、木村家と巨人球団との合同葬として広島市西区の平安祭典で営まれた。法名は「唯信」。前日の通夜には約800人が訪れたが、この日は3倍強の約2500人が参列。建物から人があふれ出した。公道を挟んだ天満川の土手にも約500人が詰め掛け、別れを惜しんだ。

 ひつぎには家族の写真、ゴルフ雑誌、スポーツ紙などが納められ、木村拓コーチの体の上に練習用ジャージーが置かれた。喪主の妻由美子さんは「いつも遠く離れた家族を気にかける優しい人でした。今でも宝物だった3人の子供を心配していると思います。夫は家族の永遠のヒーローです」と涙ながらにあいさつ。出棺のとき、次男俊生くん(3)を抱えファンに一礼した。長男恒希くん(10)が抱える遺影の木村拓コーチは、巨人のユニホームに身を包み優しい笑顔だった。

 木村拓コーチを乗せた車は「タクヤー!」と叫ぶ声に送られた。参列者の多くは「今でも信じられない」。車は火葬場へ向かう途中、木村拓コーチが11年間、泥と汗にまみれた広島市民球場の前を通過。クラクションが、愛した広島の町にこだました。【古川真弥】

 [2010年4月11日9時14分

 紙面から]ソーシャルブックマーク