今年の甲子園は雨天による順延が相次いでいる。強豪校同士の対戦となった大阪桐蔭-東海大菅生(西東京)の試合は大きな話題となった。雨が降り続く中で行われた一戦は、大阪桐蔭が7-4でリードした8回表、東海大菅生(西東京)が1死一、二塁の好機をつくった場面で試合が中断。約30分間様子をみたが、降雨コールドが宣告された。

テレビのコメンテーターらが「教育上、最悪だ」とこの判断に苦言を呈する姿を目にしたが、僕はこれこそまさに教育現場そのものではないかと感じた。世の中の不条理や理不尽とも似たような苦しみを味わった生徒たち。中止を判断した審判も苦痛の表情を浮かべていた。それでもこの判断をしなければならないのは、きっと運営上の理由があったからだろう。高野連側は中断前の試合途中から後日に続きを行う「継続試合」導入の検討も始めた。

無念の形で敗退となった球児たちへ。僕ならこう伝える。

「これが君たちがこれから出て行く社会だ。ルールを作る側の人間になって、社会に貢献して、同じ思いをする人を1人でも減らしていくことができるのは、今日この日のこの雨に打たれた者だけができる。人生を感じろ。社会を見ろ。表面的な『いいね』や『フォロワー数』に惑わされるな。大人になったら未来を担う人間になろう。そのためにも今日の教訓を忘れてはいけない。後輩たちに同じ想いをさせないために、君たちは今日、人生の苦痛を味わったんだ」

僕はJリーガーになる前に高校でスポーツダイレクターとしてサッカー部を全国大会へと導いた経験があります。一生懸命でユーモアたっぷりの生徒たちと素晴らしい監督、個性豊かなコーチたちと意見を交わし、議論をし、切磋琢磨(せっさたくま)してきました。神奈川県予選を圧倒的な強さで勝ち進み、いざ全国の舞台。目指すは全国優勝でしたが、全国大会の初戦で1-2で敗れてしまいます。

僕らもこんなはずじゃと思い、悔しさと怒りが入り交じっている中、生徒は泣き崩れていました。僕はそんな生徒のもとへ行き「泣いてる暇はない、立ち上がれ」と一言伝え、悔しむ暇もなくバスに乗せたのを覚えています。

あの時の対応が正しかったかどうかは今の僕にもわかりません。ただ1つ言えるのは、あの瞬間は涙よりも次を見据えて立ち上がることを選択させたかったのです。夏のインターハイを終え、残りは冬の選手権のみ。インターハイという大会は終わってしまいましたが、涙を流せるような戦いではなかった。ならば、やるべきことは1つ。顔を上げて次につなげるべきなのです。

高校生にとっては甲子園やインターハイ、選手権というのは、かけがえのない大会だと思います。そのためにたくさんの犠牲を強いてきているので、その苦しさはよくわかります。しかし、甲子園やインターハイという「大会」が目的になっては意味がないと僕は思っています。大事なのは、その先に何があるかです。

甲子園で人々が涙するシーンは決して勝ったチームを見た時だけではありません。純粋に真っすぐに野球と向き合い、夏という季節の全てをかけて戦っているそのはかなさに心が動かされるのです。

そこにあるのは圧倒的な努力でしょう。監督から暴言を吐かれ、チームメートからののしられても、それでも戦い続けるのは、弱い自分から逃げ出したくないという思いと少しでも成長したいという本能だと思います。

だからこそ、甲子園は手段です。「勝負どころ」を定めることで、そこに向かうために必要な努力が可視化されます。やってもやってもまだまだと思い、不安や恐怖が襲ってきます。その恐怖や不安を拭うためにもまた努力をします。そして、練習のやり過ぎで体調を壊したり、心を病んだりします。そんな心身共に犠牲を払っても出場したい場所が甲子園やインターハイといった全国大会なのだと思います。

僕は全ての部活動に励む高校生に伝えたい。「その努力を社会で生かせるように変換して欲しい」と。勝ち負けの世界のために努力をしているのではなく、少しでも自分が成長して貢献したいという本能がそうさせているのです。

社会では理不尽で不条理なことが当たり前に起きています。それは世の中が便利になり、効率化を求めてお金優位の時代になればなるほど、表面的なものばかりがもてはやされ、本質や本物はどこかに隠れてしまいます。

甲子園で得た経験は、あの瞬間、あの雨に打たれた者のみに与えられた、貴重な瞬間です。傷ついたことのない人は人の気持ちがわかりません。人の気持ちがわからない人は、お金や数字や肩書でその人を判断してしまいます。見て見ぬふりをすれば生きていける世の中ではありますが、そうなってほしくない。

大人が作ったゴールは、君たちのゴールではない。大人は甲子園をつくった時点でゴールだが、甲子園に出場したところで、何かを補償される人生はない。だからこそ出場することがゴールで、そこで勝つことが全てではなく、出場するためにどんな精神で挑み、何を抑制し、何を解放しているのか。そういった努力の捉え方を社会で生かせるよう変換して欲しい。

高校生たちよ、教えてもらうというマインドから自らが学ぶ「自分教育」という領域へ足を踏み入れよう。高校卒業後は多くの生徒が大学にも進み、いきなり社会に放り出される。そこは答えがあるようでない場所です。

自分の可能性にふたをせず、誰かの意見で自分の可能性を決めつけず、本質を見つけるために自分教育をしてください。僕も同じように、この挑戦を通して修行を重ね、自分教育を深めていきたいと思います。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月に格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。8月27日に同大会で第2戦に挑む。175センチ、74キロ。

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)