ドネアを破りWBSS優勝を果たした井上尚弥はアリ・トロフィーを掲げる(2019年11月7日撮影)
ドネアを破りWBSS優勝を果たした井上尚弥はアリ・トロフィーを掲げる(2019年11月7日撮影)

世界で3番目だ。2団体統一王者の肩書なんて、もうどうでもいい!? 今や階級は17あり、主要でも4団体あり、暫定、スーパー、ダイヤモンドにフランチャイズという訳わからない王座まである。その中で全階級通じての最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」で、井上尚弥がトップ3入りした。

1922年創刊の米ザ・リング誌が選定した。そもそもPFPは50年代にザ・リング誌の初代編集長フライシャーによる造語。最も信頼されるPFPで、世界で3本の指に入った。

5階級制覇王者ドネアとのワールド・ボクシング・スーパー・シリーズを制した。判定は3度目で、12回では3年ぶり2度目も文句のない勝ち。1位アルバレス、2位ロマチェンコに続く。電撃KOとはいかなかったが、衰えどころかさすがのすごさを見せたドネアと好勝負、名勝負。評価を上げるには十二分だった。

フジテレビでは井上戦中継で最高視聴率15・2%を記録した。裏番組は「ドクターX」と人気女優には負けた!? なんとNHKBSでも生中継され、WOWOWでも後日に本人出演で放送。「にわかファン」といかずとも、世間への認知も一気に広まったはずだ。

想定外がいくつもあった。セミで弟拓真が王座統一に失敗した。一家で初黒星に心穏やかではなかった。さらにカットしたのも、鼻血も初めて。あれだけ打たれたのも。のけ反り、ゆがむ顔は初めてで、クリンチにいく姿も。パンチが空を切って大きくどよめく。まれに見る技術戦を制した。

11回、ノニト・ドネアからダウンを奪い勝利かと思われたが相手が立ち上がりあぜんとする井上尚弥(2019年11月7日撮影)
11回、ノニト・ドネアからダウンを奪い勝利かと思われたが相手が立ち上がりあぜんとする井上尚弥(2019年11月7日撮影)

決定打は11回の左ボディー。ドネアが背を向けると、主審がなぜか井上を制した。ドネアはコーナーへ行って手をついた。残り1分49秒。カウント9で立ったが残り1分35秒。14秒がすぎていた。明らかなロングカウントでKO勝ちのはず。アクシデントはまだあり、それが激戦を生んだとも言えた。

この大会はド派手な演出がある。2人はお立ち台に上り、リング周囲からライトアップされた。その装置設備で記者席はリングサイドではなく、アリーナ席最後列。正直よく見えず、しばしば天井の大型モニターを見上げた。ボクシング記者の醍醐味を奪われた。

2回を終え、右目を流血しながら父・井上真吾トレーナー(右)と話をする井上尚弥(2019年11月7日撮影)
2回を終え、右目を流血しながら父・井上真吾トレーナー(右)と話をする井上尚弥(2019年11月7日撮影)

あとで傷はザックリ、流血もあれほどだったと分かり、びっくりだった。2回にもらった必殺の左フック。右眼窩(か)底と鼻の2カ所を骨折していた。「ドネアが二重に見えた」絶体絶命のピンチも、タフさ、ポイント狙いに切り替える対応や戦術の能力も証明した。

トップ3入りは世界のスーパースターの仲間入りとも言える。そこに影のヒーローもいた。傷を応急処置した佐久間史朗トレーナー。カットマンとして傷にガーゼを当て、ワセリンで止血処理した。鼻血には綿棒。5針縫う傷だったが3回はピタリと血は止まった。8回に再び流血も9回も止まっていた。

ボクサーは相手の血を見ると燃えるそうだ。傷口を狙うのも作戦で、ドクターストップの可能性もある。その大ピンチを救った。選手は似ている「ガリガリ君」と呼ぶ佐久間トレーナー。「生きて帰れないんじゃないかと思った」とあとで言ったが、見事な腕だった。

試合後にはNHKの「プロフェッショナル」でも放送された。親子で「天才ではない。努力している」と強調していた。あの努力は確かで並大抵ではないが、天才が努力していると思うのだが。あの激闘勝利の余韻はまだまだ続くが、世界一になる日が待ち遠しい。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

互いの健闘を称え合う井上尚弥(右)とノニト・ドネア(2019年11月7日撮影)
互いの健闘を称え合う井上尚弥(右)とノニト・ドネア(2019年11月7日撮影)