最近ネット上で「武尊って(那須川)天心に負けてから、また人気上がってない?」という格闘技ファンのコメントを読んだ。あくまで肌感覚だが、筆者も同じようなことを感じていた。
日本人、特に今の30代後半より上の世代の人間は、敗れてもまた立ち上がって戦い続けるというような「浪花節」が好きだ。それが昭和のメンタリティーだと思う。
もちろんボクシングの井上尚弥や、UFCで圧倒的な強さを誇り、無敗で引退したハビブ・ヌルマゴメドフのような「超人」たちは文句なしに素晴らしい。ただ筆者を含めた少し古い世代の日本人格闘技ファンにとっては、ボクシング世界王座に返り咲いた辰吉丈一郎はまさにヒーローだし、その姿は記憶に刻み込まれている。
MMA(総合格闘技)の五味隆典や亡くなった山本“KID”徳郁さんが今でも高い人気を得ているのは、なにも戦績だけが理由ではない。何度でも挑戦する生きざま、戦いざまにひかれるのだ。
武尊は28日に有明アリーナで開催された「ONE165」でスーパーレックの持つONEフライ級キックボクシング世界王座に挑戦した。3Rに王者をKO寸前まで追い込んだが、結局、判定0-3で敗れた。
試合後、涙ながらに「僕が今できる限界までやったんで、今回は。悔いはないです。応援してくれた人たちだったり、PPVを買って見てくれた人たちに勝つところを見せられなくて本当に申し訳ない。でも僕が今、命がけでできるすべてやったんで。もうこれ以上は、見せられません」と、引退示唆とも受け取れるコメントを残した。
ただ、敗れはしたが会場に響き渡った「武尊コール」はすさまじかったし、多くのファンの心を打ったのは間違いない。“同業者”であるムエタイ・ラジャダムナンスタジアム3階級制覇王者の吉成名高は客席から大声で武尊を応援し、平本蓮はX(旧ツイッター)に「判定で敗れはしたけど今日の武尊選手は世界中の強豪外国人を相手に子供の頃に見てきた死ぬ気で身を削って戦う侍魂を持つ、K-1選手のかっこよさがめちゃくちゃ詰まってた! かっこいいもの目の前で見せてもらいました!」などと記した。
クレベル・コイケは「私はあなたのファンです」とつぶやき、K-1を創設した正道会館の石井和義館長はXに「ファンの1人として、まだまだ武尊選手の試合を観たい。もちろん彼の気持ちが最優先だか」と書き込んだ。
武尊の今回のONEデビュー戦は、もともとはONEフライ級ムエタイ世界王者ロッタン・ジットムアンノン(タイ)とのスーパーファイトだった。しかし直前にロッタンが練習で左腕を負傷。急きょ、スーパーレックとのタイトル戦に変更となった。調整の難しさは想像に難くないし、武尊がどれだけストイックに練習を積んできたかを考えると、軽々しく「次も」とは言えない。
それでも、あの人々の心を揺さぶる戦いぶりが今回で最後になってしまうのはあまりに惜しいと思う。もちろん本人の気持ち次第だが、気が済むまで休んで、体と心をしっかりと回復させ、また王座に挑戦する姿を見たい。武尊の生きざまに本当に多くの人々が力をもらっているのだから。
【千葉修宏】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)