元横綱の暴行問題で揺れる角界だが、そんな重苦しい空気を切り裂いて、大相撲の世界に飛び込もうとする若者がいる。昭和の大横綱、大鵬の孫で埼玉栄高の納谷幸之介(3年)だ。

 プロデビューの舞台にもなる東京・両国国技館で3日に行われた、天皇杯第66回全日本相撲選手権大会に、今年は2人しか出場資格がなかった高校生の1人として出場。大学生相手に1勝1敗で迎えた3戦目で社会人に敗れ、予選敗退で終わった。「負けてもともとという挑戦者の気持ちで臨みました。とりあえず予選突破が目標でした」。淡々と表情一つ変えずに話す姿からは、多弁を良しとしなかった亡き祖父の一面をかいま見た気がした。

 折しも角界は土俵外の騒動で揺れ動いている。それについての考えも、短い言葉の中にもブレのなさを感じさせた。「自分には関係ありません。(身分的に入門しても)下なんで気にすることはないと思います」。大横綱の血を引く者として当然、注目度は高くなる。それも「注目してもらえるのはありがたい。(プレッシャーは)あまり感じません」と腹も据わっている。

 元大鵬のおかみさんの芳子夫人(70)も、手に汗握りながら納谷の母美絵子さん(43)と観戦していた。その2カ月半前の9月14日、納谷の兄幸男(23)がプロレスデビューした際は会場で、大鵬さんと、同8日に亡くなった日本相撲協会の世話人、友鵬さんの遺影を手にしての観戦だった。この日、その遺影は手にしていなかったが、祈るような気持ちは同じ。「幸之介君に大鵬さんの面影はありますか」と聞くと芳子夫人は「面影と言っても…。まだ(私の心の中で大鵬は生きて)いますから」と言って目を細めた。「大きくなって、このまま強くなったらうれしい。入門して頑張ってくれればね」と、亡き夫を、躍動する孫の姿に重ねた。

 年内には会見を開き、父の大鵬部屋を継いだ大嶽部屋へ入門する。新弟子検査を受検した上で、来年1月の初場所で初土俵を踏む。ある意味“持っている”男かもしれない。納谷は当初、九州場所で初土俵の予定だったが、愛媛国体で優勝し全日本の出場権を得たため、入門が1場所遅れた。仮に全日本への出場資格がなく、予定通り九州場所で初土俵だったら…。前相撲は3日目に始まり、メディアの注目を一身に浴びることになる。だが、その3日目の11月14日は元横綱の暴行問題が表面化した日。われわれメディアも、土俵どころの騒ぎではなかった。注目されなかった方が良かったのか、早いうちにメディアのプレッシャーに慣れていた方がいいのか…。190センチ、160キロの堂々たる体で、その答えを出す。【渡辺佳彦】