2月の東京ドーム大会で現役引退する武藤敬司(60=プロレスリング・ノア)が代理人を務める「悪の化身」グレート・ムタが22日、90年9月に首都圏初登場を果たした神奈川・横浜アリーナで最後のリングに上がる。プロレスリング・ノアの至宝、GHCヘビー級王座を保持する若きエース清宮海斗(26)が、魔界へ去るムタとの思い出と憧れを語った。

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昨年9月にN1を制覇し、同月にGHC王座戴冠。3度の防衛に成功し、押しも押されもせぬ若きエースとして団体をけん引する清宮だが、いまだにぬぐえない“トラウマ”がある。

21年8月29日、石川県産業展示館。小川良成、HAYATAと組んだ清宮は、魔流不死、NOSAWA論外を率いるムタと6人タッグマッチで対戦した。事件は、味方の小川が論外から3カウントを奪い、勝利した試合後に起こった。勝敗が決したにもかかわらず、相手組から集中攻撃を受けた清宮は、ムタの閃光(せんこう)魔術にKOされ、場外に引きずり出された。

意識を取り戻した清宮が見たものは、遠くから光る2つの目だった。そして、それは、どんどん巨大化しながら自身の方向へと迫ってくる。ムタの操縦する銀色のワンボックスカーのヘッドライトだった。

「本当に死を覚悟しました。映像がスローだった。車が走ってきて、自分に当たるまでがすごく長かった。これが死ぬ間際の感じなんだと…」

衝撃の「ひき逃げ事件」。車のボンネットがへこむ程のダメージを受け、担架送りにされた。ムタとの対戦は、過去に数度のみ。それでも、全米でトップヒールを極めた男の神髄を味わうには、十分すぎる「一瞬」だった。

そんな因縁の相手、ムタ。それでも、現在の清宮が抱く感情は、以外にも「恨み」ではなく「憧れ」だという。「ムタと試合をしている時にしか出せないものがある。腹の底の方から湧き上がってくるような熱い感情。あれはムタと戦っている時にしか味わえません」。自分の知らない自分に出会えた。

超新星と脅威の悪魔忍者。その存在は正反対と言えるだろう。だが「対戦相手として相手を乗せられる。相手が燃えてくるような、そんな選手になりたい」と思わされた。トラウマは同時に、あの日の感情もよみがえらせる。ムタは永遠に、清宮のもう1人の師だ。【勝部晃多】