4階級制覇に世界4団体王座統一…。歴史的偉業を次々と達成する井上尚弥に「日本歴代最強」との声が高まっている。日本ボクシング界は1952年(昭27)に白井義男が日本人初の世界王者になって以降、ファイティング原田や具志堅用高ら数々の名王者を輩出してきた。近年の「井上最強論」をどう考えるのか。「プロから見た井上尚弥」連載の最終第3回は、ボクシング歴史研究の第一人者で、観戦・取材歴60年以上を誇る津江章二氏(72)に聞いた。【取材・構成=首藤正徳】

     ◇    ◇     ◇

1965年(昭40)5月にファイティング原田が「黄金のバンタム」の異名を取った無敗王者エデル・ジョフレ(ブラジル)を破って、フライ級に続く2階級制覇を達成しました。「日本ボクシング界最大の勝利」として今も語り継がれる快挙です。以来、私の日本歴代最強は、ずっと原田でした。

彼のすごさは開始ゴングから速射砲のように打ちまくる無尽蔵のエネルギーに尽きます。海外から「狂った風車」と呼ばれたラッシュとスタミナには驚くしかない。バンタム級史上最強と言われたジョフレが生涯に喫した黒星が原田戦の2敗だけというのも、偉業を際立たせています。しかも当時は統括団体が1つしかない時代でしたから。

それがこの1年で、半世紀以上続いた私の歴代最強は、井上尚弥に交代しました。最大の理由は試合の内容と質です。22年6月に再戦でドネアを2回KOで撃破しました。全盛期は過ぎたとはいえ5階級を制覇したレジェンドに何もさせずに圧倒した試合は彼のベストバウトでしょう。

そして同12月のバトラーとの4団体統一戦、さらに4階級制覇を達成したフルトン戦も、世界王者相手に圧倒的な力の差を見せつけました。バトラーは完全な専守防衛で、あのレベルの選手が防御に徹すると、少々実力差があっても、なかなかKOはできない。それを難なく仕留める。フルトン戦も同じ。能力が抜きんでている証拠です。

井上のパンチは切れ味抜群で、かつピンポイントを逃さない。このクラスで9割近いKO率は信じられない数字です。テクニックにも優れ、ドネアとの初戦で2回に右目上を切る重傷に見舞われながら、ダウンを奪って勝った精神力もある。欠点が見当たらない。

昔は統括団体が1つで、階級も今(17階級)ほど細分化されていなかったし、社会的な背景もまるで異なるので、時代を超えて選手を単純に比較はできません。日本ボクシング界への功績という意味では日本人初の世界王者の白井義男が一番。社会に与えた衝撃では原田の方がまだ上かもしれない。それでも強さという観点で見ると、井上は突出しています。

日本どころか世界でもバンタム級の歴代トップ3に入ると思います。私のランキングは3位にカルロス・サラテ、2位井上尚弥、1位ジョフレ。全盛期の比較です。46戦全勝(45KO)で王座を統一した当時のサラテよりも今の井上の方が上でしょう。ジョフレを1位にしたのは、強打者メデルのパンチをまともに浴びてもびくともしなかったタフネスさを評価しました。そう考えると4団体統一戦とはいえ、今回のタパレスは力不足。井上が負ける要素がない。

実は井上の資質と能力は、今よりもっと高いレベルにあると思っています。それを最大限に引き出せる、実力的にも紙一重の相手がまだいない。世界ウエルター級王座統一戦でレナードが、無敗の王者ハーンズに逆転KO勝ちして、強さ、すごみを一層増した。そのハーンズのようなライバルが井上にも現れてほしい。

もし原田と井上が全盛期にバンタム級で対戦したらどうなるか? あくまで想像ですが、初回から原田は飛び出し、連打を畳みかけるでしょう。井上は冷静に勝機を待ち、中盤以降に勝負をかけるのではないでしょうか。無尽蔵のスタミナの原田をKOするのは井上でも至難の業。それでも終盤、井上が追い上げるのではないか。結果はズバリ、11回、井上のレフェリーストップによるTKO勝ちです。

◆津江章二(つえ・しょうじ)1951年(昭26)4月5日、宮崎県生まれ。73年に共同通信社入社。運動部でボクシング、野球、将棋を中心に取材。05年から編集委員。ボクシング観戦・取材歴は60年以上。CS放送で海外ボクシング番組の解説を担当するほか、専門誌で約40年、名ボクサーの連載を執筆。日本ボクシングコミッション(JBC)の理事も歴任した。将棋はアマ四段。著書に『藤井聡太 名人をこす少年』(日本文芸社)がある。