西前頭筆頭の大栄翔(27=追手風)が初優勝を果たした。勝てば優勝、敗れれば決定戦に持ち込まれる可能性もあった大一番で、隠岐の海を突き出して13勝目。埼玉県出身では初、追手風部屋としても初めての優勝となった。3度目の殊勲賞、初の技能賞も獲得。“地味キャラ”とも呼ばれた実力者が、両横綱不在、綱とりに挑んだ大関貴景勝が不振となった場所で主役を張った。初場所は6年連続で初優勝力士誕生となった。

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歓喜の瞬間を迎えても、険しい表情はあえて崩さなかった。大栄翔の顔は、自身の赤い締め込みのように紅潮したまま。勝ち名乗りを受けて花道に引き揚げると、師匠の追手風親方(元前頭大翔山)が待っていた。「うれしさよりも緊張感があった。(師匠に)『おめでとう』と言われてうれしかった」。張り詰めていた感情の糸が、緩んだ瞬間だった。

勝てば優勝が決まる大一番で、会心の相撲を見せた。立ち合いから隠岐の海の差し手をはね上げ、左右ののど輪で一方的に引かせた。「自分の相撲を取りきるしかない。迷いなくいった」。初日から7日連続で役力士を破った突き押しは、千秋楽も健在だった。

脚光を浴び続ける相撲人生ではなかった。むしろ、実績の割には地味な印象が先行していたかもしれない。同部屋には幕内屈指の人気を誇る遠藤がいて、仲のいい貴景勝や、同学年の朝乃山は看板力士に成長。身近な存在が先を行くことが多かった。新十両会見では師匠の追手風親方に「声をもっと張れよ」と怒られるなどシャイな一面もあるが、地道に稽古を重ねる我慢強さはあった。

高校相撲の名門、埼玉栄高でレギュラーをつかんだのは3年で、2年までは補欠でちゃんこ番。同校相撲部の山田道紀監督は「文句を言わず黙々と稽古していた。芯が強い。控えの後輩の教材になっていた」と振り返る。「うちは弱い子にはテッポウをさせる。大栄翔もずっとテッポウをやっていた」と同監督。地道にテッポウ柱を打ち続けた手のひらは分厚い。もともと手は大きく、中2でサイズの合う手袋がなくなった。母恵美子さんによると、古い友人に「キャッチボールの時はグローブがいらないね」とからかわれたことも。突き押しの威力は大きな手を介して確実に伝えた。

自身を含めて関取6人を誇る部屋では、稽古相手に不足はなかった。感染対策で出稽古が禁止され、調整の難しさを漏らす関取もいる一方で「恵まれていると思う。(突っ張りの)回転の良さは申し合いで積み重ねることが大事なので」。コロナ禍だからこその“アドバンテージ”が生きた。

昨年は全5場所で優勝力士が異なり、新年最初の場所も6年連続で初優勝力士が誕生した。“戦国時代”まっただ中の角界で、大関昇進の期待もかかる。「期待に応えられるように頑張りたい」。資質は証明済み。磨いた突き押しの威力を、これからも信じ続ける。【佐藤礼征】

<大栄翔アラカルト>

◆埼玉初 埼玉県出身の力士では初めて。他に優勝がないのは宮城、福井、岐阜、静岡、滋賀、京都、和歌山、島根、徳島、宮崎、沖縄で11府県。

◆平幕優勝 昨年7月場所の照ノ富士以来、平成以降では13例目。

◆アベック優勝 十両で同部屋の剣翔が優勝。幕内、十両のアベックVは05年九州場所の高砂部屋(幕内朝青龍、十両闘牙)以来。1場所15日制が定着した49年夏場所以降では19例目。

◆埼玉栄高 豪栄道、貴景勝に続いて3人目。

◆平成生まれ 照ノ富士、御嶽海、貴景勝、朝乃山、正代に続き6人目。