イタリア系のナイトクラブ用心棒と孤高の黒人ピアニスト。本来交わるはずのない2人の、奇跡のような友情が心を温めてくれる。

米映画「グリーンブック」(3月1日公開)は、「ゴッドファーザー」(72年)にも出演したトニー・バレロンガの体験談がもとになっている。バレロンガはニューヨークのナイトクラブ勤務の経歴を買われ、ハリウッドでしばしばマフィア幹部役に重用された個性派俳優だ。

映画はナイトクラブの日常から始まる。トニーはフランク・シナトラを始めセレブが集う「コパカパーナ」の名物用心棒である。どんなにヤバいトラブルも得意の話術で解決し、「リップ」の愛称で呼ばれている。クラブの改装で「無職」となった2カ月間、愛妻と2人の息子の生活を守るため、「ドクター」と呼ばれる黒人ピアニスト、シャーリーのコンサート・ツアーで運転手兼世話役を務めることにする。

音楽の殿堂カーネギー・ホールの上階にある高級マンションに住むシャーリーは、同時代の伝説的ピアニスト、イーゴリ・ストラビンスキーをして「彼の技巧は神の域だ」と言わしめた寡黙な天才だ。

水と油のような2人の旅はどうなるのか。そんな思わせぶりで本筋がスタートする。

ピッツバーグからバトンルージュ、バーミンガム…米国東半分を北から南まで回るツアーはぎごちないやりとりから始まる。それでも口八丁の「解決屋」トニーはシャーリーのかたくなな心をすこしずつほぐしていく。ケンタッキーに差し掛かれば、シャーリーに名物フライドチキンを勧め、初めての手づかみ食いを体験させる。そんなエピソードがほほ笑ましい。

が、時は60年代の初め。南部に向かうに従って、人種差別の影が色濃くなる。ステージでは名士として歓待を受けながら、シャーリーのホテルやトイレは粗末な黒人用。下町ブロンクスで荒っぽく育ったトニーの差別問題への理解度は、とても優等生と呼べるレベルにはないが、シャーリーの才能を実感しているだけに理不尽な扱いが我慢ならない。

デンマーク生まれのビゴ・モーテンセンがトニーのアクのようなものを見事ににじませる。本人の役作りにも驚かされるが、一見、役とはかけ離れた彼をキャスティングしたのはピーター・ファレリー監督である。ジム・キャリーのおバカ映画で独特の味を出していた監督の意外な見る目にさらに驚かされる。

対してシャーリー役のマハーシャラ・アリは見た目からはまり役。「ムーンライト」の麻薬売人役で見せた威圧感と、ふとのぞかせた優しさがそのまま生かされている。

シャーリーの音楽はクラシックをベースにしているから、ジャズのように黒人ミュージシャンの一団に交わることもない。南部の農場で下働きをする黒人労働者からは「異物」のような目で見られる。地元の黒人専用クラブをこっそり訪れ、ジャズ奏者とセッションするときの高揚は、その裏返しだ。

終盤。とうとう南部で事件が起こる。都市部では天才としてあがめられるシャーリーがなぜ危険な南部を目指したのか。著名人もマフィアも手玉に取ったトニーは深南部の闇の中でも機転を利かすことができるのか。実話ベースとは思えない波乱と思わず胸が熱くなるラストが待っている。

この映画は最初と最後が手際よく作られていて思わずうならせる。トニーの愛妻ドロレスの寛容さが短いエピソードの中にサラッと織り込まれ、冒頭とラストに登場するこのドロレスがシャキッと締めているのだ。TVシリーズ「ER」ではシングルマザーの看護師役を個性的に演じているリンダ・カデリーニがとてもいい。2人の友情は2013年に相次いで亡くなるまで続いたというが、このドロレスの存在があってこそ、と思わせる。

圧倒されるのはモーテンセンとアリのやりとりだが、ウルッとさせられるのはこの人の好演があってこそだ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)