幕末に青春時代を送り、日本の資本主義の父といわれた渋沢栄一を主人公にしたNHK大河ドラマ「青天を衝け」が放送中ですが、同時代に生きた若者の姿を描いた三好十郎作の名作舞台「斬られの仙太」が東京・新国立劇場で上演されています。

渋沢は埼玉・深谷の養蚕農家に生まれ、江戸に出て剣術修行をする中で尊王攘夷(じょうい)の思想に目覚め、やがて一橋慶喜(後の15代将軍)の家臣となり、その手腕が認められて出世の道を歩んでいきます。一方、「斬られ-」の主人公である仙太郎は慶喜の実父徳川斉昭が藩主を務めた水戸藩の村の農家に生まれ、取り上げられた田畑を買い戻すため江戸で渡世人となって金を稼ぎ、故郷に戻る途中で賭場荒らしをしたことで博徒と斬りあいとなり、その時の立ち回りの剣の腕を見込んだ水戸天狗党の武士に仲間に引き込まれます。水戸天狗党は、「青天を衝け」にも登場する武田耕雲斎(津田寛治が演じる)や藤田小四郎(藤原季節が演じる)も参加した尊王攘夷の過激派で、水戸から京都に向けて進軍したものの、頼みとする慶喜に疎まれ、途中で壊滅します。仙太郎は武士に取り立てるとの言葉に活躍しますが、最後は天狗党に農民もいたことを隠したい仲間の武士に斬られてしまいます。

「斬られの仙太」は1934年の初演で名優滝沢修が仙太郎を演じ、その後も仲代達矢主演で映画になっています。本来、そのまま上演すれば7時間という大作ですが、演出の上村聡史氏は休憩2回を含め4時間20分の作品に凝縮しました。すべての出演者は1年半前に行ったオーディションで選ばれ、約80の役を16人が演じています。大河ドラマのようにスターこそいませんが、仙太郎役の伊達暁は劇団「阿佐ケ谷スパイダース」の中心メンバーで、仙太郎と恋仲の芸者お蔦役の陽月華は元宝塚トップ娘役と、実力ある人がそろっています。上村氏は「念願の本作を演出でき、大変うれしいのと同時にお客様が4時間近くを集中してご覧になられていて、勇気を頂きました」とコメントしています。栄一は慶喜に天狗党鎮撫(ちんぶ)の命令を受けますが、後年、回顧録で「同志を救うことができなかった」と後悔の思いを語ったそうです。幕末に生きた農民出身の若者の明暗が分かれる、いわば「青天を衝け」のアナザーストーリーズです。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)