先日、東京・有楽町のよみうりホールで行われた春風亭小朝の独演会「三遊亭圓生トリビュート」に行ってきました。
当日は衆院選の投票日で、雪が降る寒い日でしたが、客席はいっぱいでした。
6代目三遊亭圓生は「昭和の名人」と言われ、1979年9月に79歳で亡くなりました。実は亡くなる1年前の78年12月に、演芸担当となったばかりの新人記者として、最初で最後の単独取材をしています。落語界きっての大御所で、ちょっと気難しい人という話を事前に聞いていたので、かなり緊張して中野にあった自宅マンションを訪れました。しかし、対面した圓生は好々爺という感じで、つたない質問にも一つ一つ丁寧に答えてくれました。1時間ほどの取材を終えて、帰る時には「またいらっしゃい」と優しい言葉をかけてくれました。しかし、2度目の訪問は、千葉・習志野の落語会で倒れ、遺体となって自宅マンションに帰ってきた時でした。
生の圓生の高座に触れた機会は数回だけでしたが、没後はCDなどでよく聞いていました。独演会で小朝が演じたのは「鰍沢」「山崎屋」、そして「猫忠」の3席。いずれも小朝流にアレンジされていて、楽しく聞けました。5月には「圓生トリビュート」の第二弾の開催も決まっています。そして、3月の鈴本演芸場下席の昼席では恒例となった「柳家小満んと小朝のたっぷり寄席」が行われます。古希70歳の小朝ですが、果敢に挑戦する攻めの姿勢に変わりはありません。
ところで、7代目圓生襲名に意欲を見せていた6代目三遊亭円楽が亡くなって3年半。再来年の28年には6代目圓生の50回忌を迎えますが、襲名に向けた新たな動きがあるのでしょうか。【林尚之】




