鑑賞した夜、夢を見た。自宅1階の部屋の床に積まれていた洋服が燃え、必死に消そうとしても、消えない。炎が迫り、着ていた服に燃え移る。「熱いっ!」と叫んだところで、目が覚めた。おそらくスクリーンのすさまじい光と炎、巨大な核爆発の衝撃を疑似体験したからかもしれない。

クリストファー・ノーラン監督が、原子爆弾の開発に成功し「原爆の父」と呼ばれた米国の物理学者ロバート・オッペンハイマーの「栄光」と苦悩を描く。米アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など7部門を制覇した。

舞台は1920年代から50年代。主演のキリアン・マーフィーの大胆不敵な演技が葛藤をあぶり出し、観客にオッペンハイマーの人生を追体験させる。世界初の核実験成功後、人々が抱き合って喜ぶ姿は、被爆国の日本人には複雑だ。広島や長崎の惨状の直接的な描写がなく、「原爆の実態を直視していない」との批判もあるが、オッペンハイマーの白昼夢に出てくる「焼けただれた少女」はノーラン監督の長女が演じた。その思いは伝わってくる。世界が再び核の脅威に直面しているいまだからこそ、見逃してはいけない1本だ。【松浦隆司】(このコラムの更新は毎週日曜日です)