25人が犠牲になった大阪の繁華街・北新地の雑居ビル火災で、放火と殺人の疑いが持たれている谷本盛雄容疑者(61)が12月30日、動機を語らぬまま市内の病院で死亡しました。なぜ罪のない人々を凶行に巻き込んだのか。シルバーの自転車を移動手段にしていた容疑者は、事件直前、大阪市西淀川区の自宅周辺で、住民を威嚇するような自転車の「のろのろ運転」が目撃されていました。

自宅は阪神本線姫島駅の約200メートルで、淀川河川敷近くにあり、古い文化住宅が立ち並ぶ住宅密集地。昨年11月ごろから木造3階建ての住宅で容疑者の姿が目撃され始めました。

近所の女性(58)は孫と散歩しているときに「のろのろ運転」に威圧されたといいます。約2メートルの道幅。女性の数メートル先の自転車は速度を落とし、ゆっくりと蛇行を繰り返します。酔っぱらい運転ではなく、はっきりとした「意思」を持ちながらハンドルを左右に切っていたといいます。

「こちらも歩く速度を落とし、とにかく近づかないようにした」。まったく面識のない男からの「威圧」に女性は「目も怖かったけど、身体全体から怒っているような雰囲気が怖かった」と振り返ります。

かつて谷本容疑者が勤めていた大阪市内の板金工場での新年会。同僚と同じ会社のジャンパーを着て、写真に納まる谷本容疑者。板金工場の社長(78)は「この写真は15年、14年前かな。確か社員が新年会に彼女を連れてきていて、みんなで一緒に撮ろうとなり、その彼女がシャッターを押した写真です」。社長と後輩4人。カメラを見つめ、少し硬い表情を見せています。「家族やプライベートのことは、ほとんど口にしなかった。仕事1本やった」と社長。後輩の元同僚は「あんまりしゃべらん人やった」と当時の印象を語ります。社長が谷本容疑者からプライベートで唯一、相談を受けたのは離婚のときでした。「『うまいこといかんねん』『迷っている』と悩んでいた」。

08年9月に離婚。約1年後に元妻に強く復縁を求めましたが、断られ、孤立感を深め、自殺を考えるようになったとされます。11年4月に息子を包丁で負傷させる殺人未遂事件を起こしています。

懲役4年の実刑とした大阪地裁判決では「離婚し、家族と離れて1人暮らしするようになったが、寂しさに耐えかねて、元妻に復縁を申し込んだが断られた。そのため、さらに寂しさを募らせ、孤独感などから、自殺を考えるようになったが、死ぬのが怖くて踏み切れず、誰かを殺せば死ねるのではないか、元妻に迷惑をかけている長男を殺そう、家族は一緒でなければならないから、元妻や次男も道連れにしようとなどと思うようになった」と認定しています。

一方、弁護側は「犯行直前まで犯行をためらっていた」「精神疾患が影響した可能性もある」などとして執行猶予を求めましたが、大阪地裁は「家族に対する甘えの表れであり、精神疾患といえるようなものではない」と否定し、「被害者らの気持ちや犯行が周囲に及ぼす影響などをまったく考えず、ただ自分が死にたいというだけで、何の落ち度もない被害者らを巻き添えにしようと考えるのは、身勝手きわまりない」と厳しく断じました。

谷本容疑者は服役後、大阪市淀川区、西淀川区、住之江区など住居を転々とします。その期間の容疑者の内心を知るような親しい関係者はほとんど明らかになっていません。

事件直前の昨年11月ごろから単身生活を始めたのは、27歳のときに建て、家族4人で暮らした大阪市西淀川区の自宅でした。事件直前の「のろのろ運転」は深い孤独の中での社会への反発だったのでしょうか。

事件に巻き込まれて亡くなった被害者の知人男性は言います。

「なぜこんなことが起きたのか。それが一番知りたいことだったのに、分からなくなってしまった。死んで終わりなら身勝手すぎる」

【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)