映画の配給や映画館などの経営を行う「アップリンク」代表の浅井隆氏(66)からハラスメントを受けたとして、元従業員が6月に東京地裁に同氏と同社に対して6月に損害賠償などを請求する訴訟を起こした件で30日、和解が成立した。原告の代理人を務める馬奈木厳太郎弁護士が同日、報道各社に文書を送付し、明らかにした。

合意内容は

<1>被告らは、原告らに対して、本件ハラスメント行為により、精神的苦痛を与え、尊厳を傷つけたことに関し、心から謝罪する。

<2>被告らは、原告らに対して、賠償金を支払う。

<3>被告らは、被告らが原告に対して謝罪をした際、原告らが被告らに対して手交した書面(原告らの気持ちなどが記された書面)を、被告らの事業所において、2カ月間、スタッフが閲覧できる状態に置く。

<4>被告らは、来年中に、浅井氏が保有するアップリンクの株式のうち一部を社外の者に譲渡する。

<5>被告らは、来年中に、アップリンクに取締役会を設置することとし、取締役のうち1名は社外の者とする。

<6>被告らは、スタッフと3カ月に一度の頻度で協議する機会を確保する

<7>被告らは、本年11月に、取締役会から独立した第三者委員会を設置し、社外の者3名をもって委員とする。第三者委員会はアップリンクにおけるハラスメントなどコンプライアンスに関する調査を行い、取締役会に提言を行うことができる。取締役会は、第三者委員会の調査に協力し、提言を順守する。

<8>原告らは、被告らに対する訴えを取り下げる。

馬奈木弁護士は

<1>アップリンクが浅井氏のみが株主であることから、複数株主制に移行し複数オーナー体制になること。

<2>浅井氏のみが取締役であることから、取締役会を設置し、社外の人が加わり抑制と均衡を図る。

<3>第三者委員会を設置し、スタッフの方による通報などがあった場合、調査を行い、提言ができるようにし、外部からのチェック体制を確保しようとする。

と補足説明した上で、コメントを発表した。

「合意が成立したが、謝罪という言葉が記され、賠償が支払われたとしても、原告らの被った被害が消えることになるわけではない。また、和解といっても、被告らの行為を許したわけでもなければ、水に流したわけでもない。あくまでも一定の条件で合意が交わされたというものである。しかしながら、今回の合意は、複数株主制への移行、取締役会の設置、第三者委員会の設置など、全体として相互抑制と均衡を図ることを目的として社内体制を改善させるもので、ハラスメントを契機とした社内体制の刷新という意味では、これほど多様な改善策の導入を約束させたのは前例がないと思われる。原告らが声をあげたことの成果でもあり、今後の1つのモデルになればと考えている。とはいえ、体制を変えただけで全てが変わるわけではない。意識が変わらなければ意味がない」

また、同弁護士は「アップリンクの件は映画界をはじめ広く注目を集めたが、それは同種の問題が広く存在していることの証左ともいえる」と、アップリンク問題が映画業界に根深く横たわる問題であることを示唆。その上で「注目は集めたが、映画人が今回の件を受けて何らかの態度表明を取ったかと言えば、それほどでもないのが実情である。検察庁法改正や日本学術会議の任命拒否も重要な問題ではあるが、自らが属する足元の人権問題について見て見ぬふりをするようであれば、映画界の将来は明るいものとは言えない」と、映画業界から今回の件に関し、具体的な意思表明がなかったことに失望感をにじませた。

その上で「声をあげた人たちが、声をあげたことによってかえって誹謗(ひぼう)中傷を受けるなど、二次的な被害を受けるようなことがあってはならない。アップリンクの件は、決してアップリンクだけの問題ではない。今回、原告らが勇気をもって声をあげたことが、被害を受けながら声をあげられない人々を勇気づけるものとなることを願っている」と、今回の原告の行動が、映画業界の改善、正常化につながることを切に願う思いをつづった。