ビートルズの来日は小学5年の時で、クラスのおませな女子が「ポールが好き」と言ったことや、武道館公演を巡るわさわさとした空気をかすかに覚えている。

11年前、この公演の前座を務めた内田裕也さんにインタビューする機会があって「あれは誇りと屈辱だったね」と、当時の思いを聞いた。「前座に出られたことはラッキーだったし、因縁も感じたけど(後に裕也さんはニューヨークのジョン・レノン宅に招かれている)、自分がやっていたこととの差がね。すごいカルチャー・ショックだった」と感慨深げに話すの聞き、当時のインパクトの大きさを改めて思った。

「ビートルズがいた夏」(7月4日公開)は日本公演の前年となる1965年8月、史上初のスタジアム・コンサートとなったビートルズのニューヨーク公演を巡る喧騒(けんそう)を追ったドキュメンタリーだ。米国公演は3度目だったが、その盛り上がりぶりは日本と変わらない。

映画は17歳の青年が8ミリカメラを手に街中を巡る体を取っている。青年は現地でビートルズの様子を伝える人気DJの子息だ。そしてもうひとつの「目」として彼と同年代のビートルズファンの少女の視点を織り込みながら「あの夏」の空気を映し出す。

後に詩人となったジェフリー・オブライエンと伝説的なビートルマニア、ジュディス・クリステンをモデルとした2人の姿は、フランスのアーティスト、ヤン・ピケがアニメーションとして再現し、ドキュメンタリー映像に重ねられる。

メガホンは「ニコラエ・チャウシェスクの自伝」で処刑された独裁者を追ったルーマニアの巨匠アンドレイ・ウジカ監督で、100時間以上のニュース映像とそれに相当する量のプライベートフィルムから1時間25分にまとめ上げた。

カメラはポール・マッカートニーの愛想の良さやジョン・レノンの憎めない皮肉を映し出す。押し寄せるファンと警察官の攻防はどこか牧歌的で、失神した女性も、まるでドタバタ喜劇のひと幕のように淡々と救急車に運ばれる。

会見では、ジョンが行きたい場所に「ハーレム」を挙げる。皮肉にもこの頃、大陸の反対側のロサンゼルス・ワッツ地区では人種暴動が続いていて死者34人負傷者1000人以上を出している。

郊外から友人とともに市内に到着した少女は「まだ時間があるから」と開催中のニューヨーク万博を見学する。ディズニーが手掛けたパビリオンや当時の最新技術を集めた会場は60年代米国の楽天的な空気に満ちている。少女は「あれがビートルズが来るシェイ・スタジアムよ」と展望施設から無邪気に声を上げる。暴動の西海岸とのコントラストが浮かび上がる。

そして、別ルートでスタジアムにやってきた少年と少女は偶然にも隣席となり、夢の舞台の幕は開く…。

コンサート会場の空気や暴動の悲惨さは驚くほど現代に重なって見えた。一方で、随所に漂う60年の楽天的な空気には不思議な懐かしさがある。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)