是枝裕和監督(63)が21日、東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズで、新作映画「箱の中の羊」のティーチイン舞台あいさつを開き、観客との質疑応答に応じた。その中で、20代の男女の観客2人から人生における悩みが寄せられ“人生相談会”となった。

作品に関する質問が続いた中、終盤で質問した26歳の女性から「映画監督をやっていて、撮影した後、ここに来ました。お金がない時のスランプの時期を、どう乗り越えましたか?」と質問が出た。是枝監督は「製作費が集まらないの?」と尋ねると、女性から「そうですし、生活もままならない中、正直、作りたいという意欲も削り取られる。本当は映画が見たいのに、TikTok(ティックトック)を見ちゃうみたいな生活が、悲しくなる」と返答があった。

是枝監督は「困ったなぁ…」と口にして、しばし、考えた。その上で「常に潤沢な予算がある中で、撮りたい企画を撮り続けているわけではない。撮れなかった時期も結構、長く。20代は映画が撮りたくて1本も撮れず、テレビの仕事をしていました」と、自身の若き日を紹介。「スランプとは、また違うかな。その時は、ひたすら企画書と脚本…将来、自分が撮るなら、これを、みたいなのを書いていた。書くのは、ただから」と答えた。その上で「その時、書いたものは実現したもの、しないものがあるけれど、無駄にはなっていない」と呼びかけた。

是枝監督が年齢を尋ねると、女性は「今、26歳。諦めないためには、自分を信じなきゃいけない。それが難しく、諦めて社会に戻るなら最後の年かなと思ったり」と、映画監督から身を引き一般の社会人の仕事をすべきか、悩んでいるとも吐露。同監督が「ちょっと、待て。映画作りは社会じゃないのか?」と問いかけると、女性は「社会ですけど、安定した生活を…」と答えた。同監督は「実際、そうだろうね。あとで話そうか。悩んじゃうな。26歳…一番、悩んでいた時期」とも口にした。

続いて、20代の男性から、FIFAワールドカップ2026(W杯)北中米大会が開催中ながら「若い友達が、今日もサッカーを見て、日本がいいよねと言うけど、それも本当は違うと思っている」との声が…。「このまま、日本がどうなっていくんだろうという不安もあるけど、それを周りにうまく影響として与えられない悔しさも会って。どういうコミュニケーションを取れば良いか?」と相談が持ちかけられた。

是枝監督は「人生相談が続くね。でも、それは、まっとうな悩みだと思うよ。答えはないけどね。悩んでいいんじゃないの。サッカーに熱狂する友達の輪に入れない、みたいなことでしょう?」と問いかけた。男性から「ちょっと距離を置く。盲目過ぎて、若い人だけじゃなく、そういう人と仲良くなれない。そういう人に、良い影響を与えるために自分はどうなればいいんだろう?」と、さらに質問が出た。

是枝監督は「それは難しいな。僕も、お祭り的なことに背を向けて生きてきた60年。高揚感みたいなものを嫌って嫌って、嫌悪して過ごしてきましたけど。それは、1つの価値観。なぜ嫌なのか、突き詰めて自分の中で肯定的に捉えればいいんじゃないの」と答えた。そして「集団でものを作っている中で言うことじゃないかも知れないけど、集団性に嫌悪感、忌避感があって、コンプレックスだった。今、この仕事…ものを作っていく上では、ありかなと。常に何かを…違和感を感じている状況は」とも語った。

是枝監督は、イベントの最後に「正直、言うとさ、そんな若いのに60過ぎの人に相談しない方が良いよ、と思っちゃう。やれることは、僕もやるけど、若い人の価値観が重要だと思っているので。応援はします」と呼びかけた。その流れで再び、苦悩している26歳の女性映画監督とのやりとりに話を戻した。「僕も26歳で、この仕事を辞めて社会に戻ろうと思った時期があります。25、26歳は朝、起きたら今日、辞めよう、辞めようと思っていました」と、自身も26歳は苦しんでいたと明かした。その上で「諦めず、もう1回、やってみようかなと始めた時、ここが社会だな、この仕事で社会とつながっていけるなと思ったのは28歳」と語った。その上で「良いきっかけが見つかったらいいね」と語りかけた。

◆「箱の中の羊」 息子を亡くして2年。建築家の音々(綾瀬はるか)と工務店の2代目社長・健介(大悟)の甲本夫婦は、息子・翔(桒木里夢)の姿をしたヒューマノイドを迎え入れることになる。到着した日、「おかえり」と駆け寄り喜びを隠さない音々と、戸惑いを隠せない硬い表情の健介。「パパだよね」と問いかけられた健介は、「おじさんでええよ」と答える。ほどなく予期せぬ事態が起こり、夫婦がそれぞれに抱く息子の死への思いがあらわになっていく。夫婦が大きな決断に迫られる中、ヒューマノイド翔はひそかにヒューマノイドの仲間たちとつながり始める。