仲代達矢(88)の俳優生活70年の記念舞台「左の腕」を石川・能登演劇堂で取材した。

仲代にはシェークスピア作品に代表されるような古典の名作をイメージし、なおかつ威風堂々とした役柄の印象を持っていた。

今回の作品では、娘とつつましく暮らす老父役。ひょうひょうとしたせりふに思わずくすっとする場面もあった。過去に過ちを犯した人間という役どころでもあり、時々ちらりと目にうつる暗い影や、立ち回り、周囲を一喝する場面に走る緊張感など、仲代の芸の深さを感じた。

初日の本番前には通し稽古を取材した。約2カ月間、入念に準備してきただけあり、気持ちが乗った通し稽古だったが、本番はそれを何倍も上回る仕上がりだった。前日とはギアが全く違う。圧倒されるとはこのことだ、と実感した。

カーテンコールで、仲代が小さな笑みをたたえたのが強く印象に残った。昨年はコロナ禍でツアー公演が途中で中止になった。満席の劇場を見て、演劇ができる喜びを感じているような表情だった。

取材では「どれだけやっていけるか分かりませんけれども、頑張りたいと思います」と控えめに語ったが、本人も観客もまだまだもっと、という思いを抱いたのではないだろうか。「我々演劇人は、作り続けなければならない」という言葉を強く支える本番だったように思う。

今月下旬まで能登演劇堂で公演し、その後全国巡演に出る。東京公演は3月5日から。【小林千穂】