阿部寛(57)がTBS系「DCU」(日曜夜9時)で、「水中捜査班」の個性的な隊長を演じている。自己流を貫き、真意を見せない。背負った過去から、ひょっとしたらかなりのワルかもしれない…。

昨年夏、同じ枠で放送された「TOKYO MER」で鈴木亮平(38)が演じた救命隊長が終始正義感をにじませていたのとは対照的だ。肉体改造も含め、劇中のキャラクターに寄せて役作りをする鈴木とは違って、どんな役をやってもモヤッと「阿部寛」がにじむ感じもこの人の持ち味だ。

公式ホームページを見ても、鈴木が「特技」として英会話(英検1級、米留学経験有)、テーブルマジック、裁縫(洋服リメーク等)とかなり具体的に記しているのに対し、阿部の方は「趣味」としてテニス、古武道と漠然と書いている。

とはいっても、独特のキャラだけで勝負しているわけではもちろんない。昨年夏、阿部が出演したマレーシア映画「夕霧花園」でメガホンを取った台湾の気鋭トム・リン監督から、周到なその役作りの裏側を聞く機会があった。

戦中、戦後の激動の時代を描くこの作品で、阿部が演じたのは「日本軍スパイ」の影を背負った庭師という複雑な役どころだった。

「もともと彼の大ファンだったので、英語の演技経験の有無など、必須条件をまったく考えないままオファーしてしまったんですよ」と監督は振り返る。1年間にわたって電話などでやりとりを続けた後、マレーシアでのロケ撮影が始まる。

「現場に現れたときからアリトモ(有朋=役名)そのもののたたずまいでした。万全の準備に感激しました。日本人ならではの行動、考え方については彼が頼りでした。日本人だけのシーンでは、阿部さん仕切りで、事実上の監督。僕は一観客の立ち位置でしたね」。リモート取材のモニター越しにも監督の笑顔が分かり、「俳優・阿部寛」への思いが伝わってきた。

阿部は数々のドキュメンタリーや書物に目を通して当時の史実をリサーチし、この人物の背景に「武士道」を意識して演じたそうだ。しれっと演じているようで、そこには見えない努力が詰まっているのだ。

「ノンノ」のカリスマモデルとして注目され、NHKテレビ小説「はいからさんが通る」(87年)で俳優に転じたときは「(ヒロインの)南野陽子さんの大ファンだったから」と、軽いノリで語っていたが、その後3年近い不遇を経験している。

バラエティー番組「あの人は今!?」の「捜索対象」となるに至ったことが、逆に眠っていた「俳優魂」に火をつけたようだ。NHKドラマ「チロルの挽歌(ばんか)」(92年)に高倉健が主演すると知った時は、何とかして「伝説の俳優」の息づかいを間近に感じようと、志願して役名の無い建設現場社員役で出演した。懸命にもがき続けたからこその今がある。

したたかなDCU隊長に、人間的厚みを感じるのも、そんな紆余(うよ)曲折の俳優人生と無縁ではないと思っている。