上白石萌歌(22)が5日、テレビ朝日系「徹子の部屋」に出演し、姉の上白石萌音(24)とともに「音」「歌」が入る名前を名付けられた経緯や、メキシコで過ごした幼少時について語った。

上白石は、昨年放送されたNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」のために約1年半練習し、「今はお友達」という沖縄の楽器、三線(さんしん)の演奏と歌声を披露。黒柳から「あら~、お上手ね~。どんなにか難しいって知っているのでびっくりしちゃった」と言われると、うれしそうにはにかんだ。

女優業と並行して音楽活動もしている上白石は、名前に「歌」が入る理由について、「母親が中学の音楽の先生をやっていて、ピアノとか歌が母も好きだったので、まず姉に『音』という字をつけて、私に『歌』という字を(くれた)」と説明。「小さい頃から音楽が生活の中にあるのが当たり前だったので、今も活動につながっているというのが、すごく幸せですね」と話した。

両親については「父は今も現役で中学校の社会の先生をしていて、母は私たちを生んでからは(学校の)先生を辞めて、たまにピアノの先生とかをしているんです」と明かした。小1から小3まで3年間メキシコで生活した。「父がずっと昔から海外で教えたいという気持ちがあったみたいで、試験を受けて。でもその試験中はどこに赴任になるか知らされていなくて、試験が終わって『合格です。あなたはメキシコに行きます』ってそこで初めて聞いたみたい。それには母もびっくりですよね」と笑顔。壁画などのアートに触れる写真も紹介され、「3年間で幼かったけど、今でもそこでの経験が生きている気がします」と回想した。

現地で通った日本人学校について、黒柳から「気が強い子が多かったんですって」と聞かれると、上白石は「授業中に、この問題がわかる人、って聞くと、みんな手をあげるんですよね。どうか私を指して、って手をあげるので、私はもともと引っ込み思案だったんですけど、そこでちょっとだけ活発になれたというか、オープンマインドになれた気がします」と話し自身についても「分からなくても(手を)上げていました。指されたら『分かりません』と言ってました」と語った。

その日本人学校には父も勤めていたといい「たまに父が先生として入る時があって、他の生徒の名前がわからないから、『とりあえず萌歌さん』っていつも当てられていて、なので一時期、父のことが嫌いでしたね」と、笑顔もまじえて振り返った。