俳優真木蔵人(50)佐藤浩市(62)石橋蓮司(81)が16日、東京・渋谷のユーロスペースで行われた、公開中の映画「せかいのおきく」のトークイベント「“せかいのおやじ”ナイト」に阪本順治監督(64)とともに出席した。
武家育ちのおきく(黒木華=33)は、浪人の身となった父源兵衛(佐藤)と2人で、孫七(石橋)も住む貧しい長屋暮らし。孝順(真木)が住職を務める寺、で子供たちに読み書きを教えている。雨の日に雨宿りをしていたところ、おきくは紙くず拾いの中次(寛一郎=26)と下肥買いの矢亮(池松壮亮=32)とと出会う。若者たちは心を通わせていくが、ある日、おきくは父を狙った刺客に喉を切られて声が出なくなる。佐藤と寛は父子共演。
トークは阪本監督が進行役を務め、3人が答える形式で行われた。紙くず拾いや下肥買いが出てくることから、その話題で進んだ。トークは次の通り。
阪本 うんちの話を。
石橋 俺なんか、ポットン(便所)で育った。なんかもそもそするかと思って、引っ張ったら20センチくらい回虫が出てきた。
佐藤 35年前に映画「敦煌」のロケをゴビ砂漠でやりました。コンクリの四角いトイレがあったんだけど、個室がなかった。細い溝があって、その横にロープが張ってあって、木槌が置いてあった。乾いたもの(うんこ)を木槌で落として、ロープでゴシゴシ。これ記事に出来るんですか(笑い)。
真木 僕は水洗のきれいなトイレで育っています。でも、25年位前に千葉の古民家をリノベーションして住もうとしたら、水洗の出て行く先が直接海だった。時代と共にトイレが変わるはざまに生きていたんですね。
阪本 サーフィンやスノボをやってる時、山にいるときはどうしていたの。
真木 自然にすぐ変わるような大になるものを食べるようにしています。一度だけ、ウエットスーツを脱ぎながらしたことがあるけど、浮いてくる。それがずっと自分に付いてきてしまいました。
佐藤 こんな話、書けますか(笑い)。
阪本 昔は、肥だめにはまる人がよくいた。
石橋 疎開した先で固まった所へ、何回も落ちたことがある。溺れそうになるくらい深い時もあった。今でも、夢に出てくることがあって、便所の中で泳いでいる。どうせ、自分も人生の便になっちゃいました。役に立たなくなって消えていくんです。
阪本 僕の友達に軽トラに乗っていて事故って、転がり出て肥だめにハマって助かった人がいる。
阪本 今回の話は日米友好通商条約が結ばれた後くらいなんだけど、世界を認識した瞬間はいつ。
石橋 初めて外国人を見たのは進駐軍。ワーッとたかって「ギブ・ミー・チョコレート」。日本人以外を見たのは初めてでした。その後は、東京五輪でいっぱい外国人がいらして、外国人って背が高いんだなと思いました。
真木 25歳の時にサーフィンの世界選手権に日本代表で出させてもらった。国ごとに、一番有名なビーチの砂を持って来いとなった。神奈川の大磯海岸の砂を持って行きました。開会式の時に、大きな水槽に世界42カ国のビーチの砂を入れて、カリフォルニアの海岸に戻してスタート。たいしてかわらねんだな、砂は(笑い)。その時に、少し世界を感じた。今では多分、バクテリアの問題で禁止されちゃうかも。
佐藤 手首の話と虫の話どっちがいい。
阪本 面白い方で。
佐藤 どっちも面白い話ではないんだけど。ジョン・ローンたちと香港で映画を撮っていた時、虫の闘技場へ行ったんです。虫が闘うのにお金を払う、そのシーンを撮っていた。僕が虫の音色を聞いていたら「何、やってんだ」とジョンが。僕ら日本で暮らしてるから、虫の声で四季を知る。海外には、そういう習慣がない。その時、世界を感じました。まとめた(笑い)。
阪本 手首の話は。
佐藤 敦煌のロケ休み。バザールに行こうとしたら、道端に手首が転がっていた。映画の小道具か何かだろうと思って戻ってきたら、通訳が「あれは本物の手首です」と。「泥棒は見つかったら手首を切られるんです」って説明してくれました。
佐藤 映画の話は。
阪本 いいんですよ。パンフレットを買ってください。



